【今週はこれを読め! エンタメ編】通夜の席のそれぞれの思いに寄り添う『死んでない者』

文=松井ゆかり

 核家族化、少子化、フレックス勤務などの要因によりライフスタイルが多様化されたことで、"お盆やお正月には親戚が一堂に会する"といった経験のない子どもの数も昨今多くなっているのではないだろうか。うちも帰省する際には混雑のピークを外していくので夫のきょうだいと会えないこともあるし、そもそも両親たちにとって孫は我が家の息子たちだけなのでいとこ同士で遊ぶこともない。私の場合(特に父など5人きょうだいだったため)いとこも多数おり、親戚の集まりでは遊ぶ相手に事欠かなかった。この小説をうちの息子たちのような人間が読むのと私のような人間が読むのでは、受ける印象や抱く感想がずいぶん変わってくるのではないかなと、ふと思う。

 十月のある夜。地区の集会場で通夜が行われている。亡くなったのは八十代半ばの男性。子どもが五人、孫が十人、そしてひ孫が一人。さらに子どもや孫の配偶者たちも加わって、親類だけでもかなりの大人数が参列していることが窺える(かなり早い段階で頭がこんがらがってきたので、私は家系図を書きながら読みました)。時に故人を偲び、時にまったく関係ないような物思いに浸る、家族たちの心情が丁寧に描かれていく。

 故人が若かったならともかく、八十を過ぎて亡くなったような人の場合のお通夜お葬式ってだいたいこんな感じだよなあと思うと同時に、二十代前半の著者が"こんな感じ"を実に巧みに描写されていることに驚く。上は八十代の故人の幼なじみから下はティーンエイジャーの孫たちまで、幅広い年代の登場人物たちの心持ちに寄り添えなければ書けないと思うからだ。それでも十代だったのはつい最近のことだろうから比較的容易に思い出せるのかもしれないが、ご自分の親世代や祖父母世代の描写にもリアリティが感じられるし、さらには故人の孫・紗重の夫・ダニエルという外国人の感慨やカルチャーショックぶりまで細やかに描いてみせている。作家ってすごい。

 数ある登場人物の中で個人的に最も印象に残ったのは、故人の娘・多恵のそのまた娘である十七歳の知花だ。知花の十歳年上の兄・美之は、中学時代に入学して間もない頃から引きこもりに近いような生活を送っている。とはいえ、高校三年間はほとんど休むことなく登校していたし、卒業後は故人である祖父の家の一角にあるプレハブに住みながら近所に買い物にも行くしと、ガチの引きこもりとはひと味違った状況に身を置いているのだった。十歳という年の差によってむしろ両親の動揺や悲嘆から距離を置くことが可能だった知花は、いまや家族の中で美之のいちばんの理解者となっている。もちろん、大した問題もなく育っている知花は(通夜の席では酒を飲んでいるが。というか、二十歳未満の孫たちが飲酒しすぎているきらいはあるが)、両親にとっても心のよりどころであるだろう。一家の希望の星ともいえる知花だが、感情に流されすぎずクールさを保っているところが好ましい。

 美之は美之で、妻を亡くした祖父の支えとなっていたのであった。それについては通夜の寝ずの番をすることになった男衆、すなわち故人の息子たちと娘婿たちが集会場の広間に集まったときに語られる。「何考えてるか知らんけど、美之のおかげで親父の晩年は、いい時間になったよ」「やあ、ほんとにそうだと思う」「あの家であのふたりが何してたのか結局全然わかんないけどさ、親父はうれしかったと思う」と。親戚づきあいって煩わしいなと思うことは誰しもあるのではないかと思う。私も上でいとこたちと遊ぶのは楽しかったと書いたが、正直おじおばなど大人の中には苦手だなと思う人もいた。酒癖の悪いおじさんとか、詮索好きなおばさんとか。だが、めんどくさげなおじさんおばさんは、往々にして気のいいおじさんおばさんでもある。世間的には難しいタイプとされる美之をなんだかんだで受け入れている身内の温かさに涙せずにはいられなかった。この葬儀が終わればそれぞれの家に帰り、次に再び集まるのは盆正月とか冠婚葬祭とかの機会だろうが、何かあったら助け合える親戚がいるということはお互いに安心感をもたらすことだろう(現在のところ、遺産相続などで骨肉の争いが勃発しそうな気配も感じられないし)。

 滝口悠生氏はこの作品にて第154回芥川賞を受賞。2015年2月第3週の当コーナーで、寅さん映画の子役を主人公として同じ著者が描いた『愛と人生』(講談社)を取り上げさせていただいた(よろしければ、バックナンバーをお読みになってみてください)。二十代前半の若者が「男はつらいよ」を題材とするところからしてすでに、只者ではない感が漂う。前回の受賞者たち(又吉直樹&羽田圭介の両氏)の印象が強烈すぎたためにいまひとつ地味な印象を受けてしまうが、そもそも芥川賞の注目度というのはいつもだいたいこれくらいでしょう! しみじみとした余韻が心に残るこの作品、ぜひお手にとってみられては。

(松井ゆかり)

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