【今週はこれを読め! エンタメ編】違っているけれど、否定しない〜王谷晶『完璧じゃない、あたしたち』

文=松井ゆかり

 みんなちがって、みんないい。金子みすゞの言葉を引くまでもなく、みんなが知っていることだ。なのに、世の中から差別やいじめがなくならないのは何故だろう? 結局のところ、概念としては知っているというだけで、心からそう思っている人は多数派ではないということなのだろう。

 本書の主人公たちの多くも、他人からあれこれ言われやすそうな女子たちだ。本書には23編の作品が収められているが、その多くにおいて主人公はレズビアンだったり職がなかったり外国人だったりする。もちろん私たちは、性的嗜好や国籍で人を差別するなんて正しいことではないと知っているが、「あの人と私は違う」と線を引く気持ちから完全に自由になるのは難しい。

 「Same Sex, Different Day」の朝子と茉那美は、お互いに好意を持っている。しかし、会話も照れずに見つめあうこともキスも抱きしめあうこともできるのに、その先に進めない。それはお互いが『抱く』側に立ちたいという気持ちゆえなのだ。同性同士でも「抱く」「抱かれる」のどちらの立場であるかが重要であるとは考えたこともないし、この小説を読まなければ知ることもなかっただろう。

 「陸のない海」の主人公の「私」は、『ちょい呑み処 けんちゃん』の店員だった。しかし、ある日目が覚めたら自分のアパートの目の前にある店にはショベルカーと数名のヤ(クザ)が乗り付けており、彼女は自分が失業し給料ももらい損ねたことを知る。そこへ、『けんちゃん』にじりじり近付こうとする『酒のマルトミ』のエプロンを着けた女子が現れた。ツケの回収に来たらしい『マルトミ』女子に追いついた「私」は、一緒に金目のものを探そうと声をかける。別に常識人ぶるつもりもないが、すさまじい世界にビビる。給料未払いしたりヤクザが乗り込んできたりするようなバイト先とも、行き当たりばったりと紙一重の行動力とも無縁の私には、驚くしかない展開そして結末であった。

 その他の作品の登場人物たちも、概ね個性が際立っている。正直なところすべての人物に共感できるわけではない。しかし、相手が同性を好きであろうと後先を考えなさそうな人間であろうと同じ国で育っていなかろうと、人間同士が理解し合うのにまったく同じ気持ちである必要はないわけだ。そもそも、異性愛者で突飛な行動に出たりせず同じ国の出身と条件が揃っていたとしても、親しくなれる人ばかりとは限らない。あなたは私とは違っているけれど、私はその違ったあなたを否定しない。それが「みんなちがって、みんないい」ということだろう。本書の主人公たちはそのことを、軽やかに私たちに知らせてくれる。エキセントリックだったり奔放だったり屁理屈が多かったり、と濃いめのキャラクターたちに翻弄され続けた後の最終話「タイム・アフター・タイム」、号泣しました。素晴らしいのひと言です。

 著者の王谷晶氏はこれが四六判デビューとのこと。著者のTwitterを拝読したところ、新刊発売で盛り上がりを見せている様子。ご本人やフォロワーのみなさんの歯に衣着せぬコメントの数々は痛快である。しかし、もしこの文章がお目に触れたとして、松井の読み込みが足りていないことなども指摘されてしまうのではないかと気もそぞろ。それでも、やっぱりこの本をみなさんにおすすめしたくて取り上げさせていただきました。そうそう、帯にある岸本佐知子さんの推薦コメント「女の人生を変えるのは男だなんて、誰が決めたのさ?」のキレのよさにもご注目を!

(松井ゆかり)

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