【今週はこれを読め! エンタメ編】想像のななめ上を行く展開にびっくり〜町田そのこ『うつくしが丘の不幸の家』

文=松井ゆかり

  • うつくしが丘の不幸の家
  • 『うつくしが丘の不幸の家』
    町田 そのこ
    東京創元社
    1,760円(税込)
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『うつくしが丘の不幸の家』。果たしてどのような物語だろうか。「うつくしが丘」という地名は素敵な感じ、しかしより注目すべきは「不幸の家」というキーワードだろう→「不幸」というからには不幸なのだろう。...ということで、私が想像したのはイヤミスだった。

 後味が悪くて読んだ後にもイヤな気持ちが残るようなミステリー作品が、すなわちイヤミスである。あまり立て続けだと気持ちがふさぎそうだけれど、たまに読むのは私も決してきらいではない。いわゆるイヤミスの女王と呼ばれるような作家の方々の作品であれば事前に覚悟しながら読むと思うが、逆にまったく不意打ちのようにイヤミスに当たってしまうこともある。この本もそうなのかも。

 ...と思って手に取った本書の冒頭も、不穏な気配に満ちている。主人公の美保理は美容師。同じく美容師である夫の譲とふたりで、2日後にヘアサロンをオープンする予定だ。端から見れば前途洋々と思われそうな美保理はしかし、泣き出す寸前の状態だった。オープンに向けての準備作業は山積みであるにも関わらず、譲が隣町にある実家の理容店の手伝いに駆り出されてしまったのだ。長男の譲に任せるはずだった店を突然次男の衛に継がせると言い出した横暴な義父を、美保理はもともとよく思っていなかった(しかも譲が呼びつけられたのが、夫婦喧嘩の末に手を骨折した衛が店に出られないからという理由)。その他にもいろいろとうまくいかないことばかりだと気に病み、それらの原因が庭に生えていた枇杷の木にあると思い詰めた美保理は、木を切り倒そうとするが...。

 ミステリー要素を含む作品なのであまり詳しくは書かないけれども、想像のななめ上を行く展開が待っているのは間違いない。「この後いったいどうなるの?」と思いながら各話をどんどん読み進めていくと、意表を突かれる着地点に連れて行かれることだろう。それは意外だが、快い驚きでもあるはずだ。

 物事がひとたびうまく運ばなくなったときに、責めを負うべきは外的要因であると考える人は多い。家が貧しいから、親の理解がないから、自信を持てる外見ではないから...。近所の住人と思われる女性が発した『ここが「不幸の家」って呼ばれているのを知っていて買われたの?』という言葉も、美保理の心に暗い影を落とした。しかしながら、ちょっとしたきっかけでマイナス要因を違った角度から捉えられるようになることもある。「不幸の家」で暮らしてきた家族たちにも、いろいろな悩みや事情があった。でも、他人が外から見ただけでは、そこに住む人々の真実などわかるはずもないのだ。つらい家庭環境で育ったとしても光明を見出せる場合もあれば、物質的には何不自由なく育てられても決して心が満たされない人もいる。幸福も不幸も、ほんとうは自分の心が決めるものなのではないかと、本書を読んで強く考えさせられた。

 本書はエピローグでの伏線回収もまた鮮やか。後からページを遡って読んでみれば、あそこにもここにもヒントはちりばめられていたではないか! エモーショナルでありながら、計算された技巧派な側面も兼ね備えていることに感心させられる。著者の町田そのこさんは、「カメルーンの青い魚」で2016年に女による女のためのR-18文学賞大賞を受賞。同賞は実力派の女性作家を何人も輩出していることで有名だが、町田さんのような方が世に出られるきっかけとなった賞でもあるとなれば、信頼も厚みを増す一方といえよう。次回作も刮目して待ちたい。

(松井ゆかり)

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