【今週はこれを読め! エンタメ編】痛快女子バディ物語『ピエタとトランジ〈完全版〉』登場!

文=松井ゆかり

  • ピエタとトランジ <完全版>
  • 『ピエタとトランジ <完全版>』
    藤野 可織,松本 次郎
    講談社
    1,815円(税込)
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 「痛快」という言葉がこれほど似合う小説に出会ったのは久しぶり。本書は連作短編集で、ふたりの女子(と呼んでいてもいいのかどうかわからない年齢になるまで彼女たちの仲は続いていくのだけれど)のクールで熱い物語が展開していく。

 ピエタとトランジというのは、そのふたりの女子のこと。「ピエタ」も「トランジ」もあだ名で、ほんとうの名前は明かされない。高校時代にピエタと同じクラスにトランジが転入してきたことで知り合ったのだが、なかよくなったのはピエタが「学校をサボって、当時つきあってた十歳くらい年上の男の家に遊びに行こうとして、やっぱり学校をサボってふらふらしてたトランジに偶然会って、トランジを連れて彼氏の家に行ったら彼氏が殺されてて、トランジが推理して、あとで犯人が捕まってみたらぜんぶ彼女の言うとおり」と語った事件がきっかけだった。

 トランジはどちらかというと地味目の女子だけれども、実は超絶頭がよい。それだけならよかったのだが、残念なことに自分の周囲で重大事件(主に殺人事件)を誘発してしまう体質だったのである。一方のピエタも相当の個性派。自分のかわいさに自覚的なタイプで、かつ医学部に現役合格するほどの学力も持ち合わせている。

 周りでどんどん人が死んでいくという深刻な状況にもかかわらず、ふたりは固い友情で結ばれており、多くの場合交わされるのはごくふつうのあまり意味のない会話であるところも素敵だ。ファミレスのドリンクバーでジャスミンティーばかり飲んでいるトランジに、メロンソーダばかり飲んでいるピエタが突っかかる場面など、声を出して笑ってしまった。

 不謹慎といえば不謹慎な話ではある。人はバンバン死ぬし、トランジもピエタも痛みを感じてはいるにしても、恐ろしくドライに思える瞬間がしばしばみられる。しかし周囲の状況がどんなに厳しいものになろうと、ふたりがお互いに対して抱く友情の純度が下がることはない。バディものといえば、圧倒的に男同士の作品が多いといっていいだろう。もちろん男子ペアもありがたいものなのだが、女子同士のバディものを渇望していた読者にとって、本書は福音のようだ。

 藤野可織さんに対しては芥川賞作家というイメージがあったため、何度も「え、これってメフィスト賞作品とかじゃないよね...」と確かめながら読んだ(芥川賞受賞作の『爪と目』に関しては、ひたすら胸がざわつくような緊張感に満ちた読書体験でした)。謎解き・スピード感・アクションといった古典的ともいえるエンタメ要素を盛り込みつつ、容赦のない残酷さと美しさが共存する物語を綴られる著者の筆力は圧巻。

 たくさんの謎を解明し、数々の抵抗勢力と戦い、いくつもの障害を乗り越えて、ふたりは生きる。時に距離を置くことがあっても、ピエタとトランジの人生は重なりながら続いた。次から次へと事件が起こってしまうのはわかっているのに、親友だから離れられない。お互いがそれぞれに自分の足で立つことのできるふたりだからこそ、成り立つ友情だと思う。〈完全版〉がラストを迎えた後に、ふたりの出会いを描いた短編「ピエタとトランジ」が載せられている。ふたりの関係は、ずーっと変わらなかったのだなと思わせる台詞があって、より一層この物語が愛おしくなった。

(松井ゆかり)

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