作家の読書道 第96回:朝倉かすみさん

本年度、『田村はまだか』で吉川英治文学新人賞を受賞、さらに次々と新刊を刊行し、今まさに波に乗っているという印象の朝倉かすみさん。40歳を過ぎてからデビュー、1作目から高い評価を得てきた注目作家は、一体どんな本を読み、そしていつ作家になることを決意したのか。笑いたっぷりの作家・朝倉かすみ誕生秘話をどうぞ。

その1「伝記にハマる」 (1/6)

  • 東海道中膝栗毛 上 (岩波文庫 黄 227-1)
  • 『東海道中膝栗毛 上 (岩波文庫 黄 227-1)』
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――幼い頃、読書は好きでした?

朝倉 : 文字ばっかりの本は読まなかったですね。学年誌っていうのかな『小学1年生』とか『小学2年生』とかっていうのがあるでしょう。あれは読んでいたけれど。

――小学生の頃に夢中になっていたものというと...。

朝倉 : 十字架鬼。地面に田の字の中の十を二重線で書いて、鬼がそこを移動するのを避けながらまわるってやつ。あれを気が狂ったようにやってました(笑)。漫画やアニメは普通に好きでしたよ。『巨人の星』も好きだったし「東映まんがまつり」にも行ったし、漫画雑誌は『マーガレット』や『りぼん』や『少女コミック』とか。

――文章を書くことは好きでしたか。作文とか。

朝倉 : ああ、小4か小5くらいの時、小樽市の読書感想文コンクールで何かの賞をもらったんです。『東海道中膝栗毛』の感想で。でも私、読んでないの。後ろの解説を読んで、感想文書いただけなの(笑)。子供で『東海道中膝栗毛』を選ぶというのが珍しかったんだと思う。

――筆力があったってことじゃないですか。

朝倉 : いえいえ。あと自由課題で1回褒められたのは、自分の家から学校へ行く道のりの話を書いた時。みんなが辿る道をこうやって書くことはとてもいいことですよ、って。それが小6かなあ。文章で褒められたのは以上です(笑)。

――読書はどうでしょう、例えば教科書に載っていた話で印象に残ったものとか。

朝倉 : 人の名前が"絹子さん"だったりすると、今どき絹子さんはないよねーって思ったり(笑)。『よだかの星』は覚えている。『はまひるがおの小さな海』とか。

――将来何になりたい、という夢はあったのでしょうか。

朝倉 : 私、小学校の卒業文集の将来の夢には「結婚したい」って書いたんです。たしか小学生の頃の冬休みの運動の計画に「美容体操」とか書いた(笑)。ふらふらした子供だったんですよ。なんでこうなったんだろう...。

――そういえば、伝記が好きだったとか。

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朝倉 : キュリー夫人が、夫のピエールが馬車に轢かれて死んでしまった後も研究を進めて2度目のノーベル賞を取ったのはすごいなって思ったし、わけても好きだったのは『ヘレン・ケラー』。三重苦ってどんなんだろうって思って。サリバン先生に教わって、「water!」って言うまでになるのが劇的で、もう何回も読んで。中学3年間は『ヘレン・ケラー』ばっかり。子供向けのじゃなくて、どんどん、漢字が多くて文字が小さいものを読み始めるんです。私立図書館に行ってヘレン・ケラーの本を探して、ヘレンが覚えた、指でアルファベットを示す図を見ながら、「こうかな?」なんて言ってやってましたから。

――何バージョンもの『ヘレン・ケラー』を読んだのですか! 

朝倉 : 「water!」となるところが気持ちよかったんですよね、たぶん。すごい怒りん坊で、わがままで、テーブルの上で暴れていたような子が、そこまでいくところが。

――気に入った本は、違うバージョンがあるとそれもチェックするタイプですか。

朝倉 : 30代後半は1年間『源氏物語』しか読まなかった時があって。田辺聖子さんの訳、与謝野晶子の訳、円地文子の訳、瀬戸内寂聴さんの訳、漫画化されたもの、あといくつかは読みましたね。橋本治さんの『窯変 源氏物語』が1番分かりやすかった。昔の話だから、心理状態が分からないんですよ。なんでお姫さまたちが昼間寝て夜ごそごそ動き出すのかなとか、なんで和歌ってダジャレみたいなのかな、ということもあるけれど、それよりも心の動きが分からない。橋本さんのは現代的に解釈しているので、そこがよかったです。

――同じ本を繰り返し読むほうですか。

朝倉 : はい。くどいんですよ。それに読むたびに違うんです。ストーリーが覚えられないので、読むたびに気づくところが違うんです。私、映画も『E.T.』とか『バック・トゥ・ザ・フューチャー』は相当観てます。そして毎回驚くんです(笑)。まあ、テロのニュースがどのくらいの間隔で何回流れるか確認するためだけに1回観たりするから。あと、『雪国』は以前、冬になるたびに読んでいました。『異邦人』は夏になるたび。最初に読んだ時、同じ季節に読んだらいいんだろうなと思ったんですよね。実際にそうしてみたら、受けた感じが違っていて。私の中で『雪国』の島村に対する気持ちの変遷というのは大変なものがありましたね。くだらない男なんだろうな、と思っていたのが、3、4年後に読んだらうーん、あのだらしないところがなんともいいのかも、って(笑)。

――中学の頃は、『ヘレン・ケラー』以外はまったく読まなかったのですか。

朝倉 : 『小説ジュニア』は読んでいましたね。クラス中の話題になっていたのが、富島健夫先生の『いのちの旅路』。女子高生が学校の先生と恋愛関係になって、毎回のように初体験をする寸前で止まるんですよ(笑)。今の韓国流ドラマみたいに、吹雪でどこかに閉じ込められたりして。それが大好きだった。高校生になっても読んでいたんだけれど、だんだんポエマーになってきて(笑)、詩とか読むようになるのね。ハイネが載っているものを読んで気に入って、集英社にお葉書を出したら、詩集が送られてきたんです。若い人のための詩集が。

――自分でも書きました?

朝倉 : うなされたように書いた記憶があります。於古発川(おこはちがわ)っていうタイトルで、あの日お友達と於古発川で遊んだ、とかなんとかいうこととか。

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プロフィール

1960年、北海道生まれ。北海道武蔵女子短期大学卒業。 2003年「コマドリさんのこと」で第37回北海道新聞文学賞を受賞。’04年「肝、焼ける」で第72回小説現代新人賞を受賞し、作家デビュー。’09年『田村はまだか』で第30回吉川英治文学新人賞を受賞。著書に、『ほかに誰がいる』『そんなはずない』『好かれようとしない』『タイム屋文庫』『夫婦一年生』『エンジョイしなけりゃ意味ないね』『ロコモーション』『玩具の言い分』『ともしびマーケット』などがある。