第96回:朝倉かすみさん

作家の読書道 第96回:朝倉かすみさん

本年度、『田村はまだか』で吉川英治文学新人賞を受賞、さらに次々と新刊を刊行し、今まさに波に乗っているという印象の朝倉かすみさん。40歳を過ぎてからデビュー、1作目から高い評価を得てきた注目作家は、一体どんな本を読み、そしていつ作家になることを決意したのか。笑いたっぷりの作家・朝倉かすみ誕生秘話をどうぞ。

その4「何気ないひと言がきっかけで小説を書きはじめる」 (4/6)

スティル・ライフ (中公文庫)
『スティル・ライフ (中公文庫)』
池澤 夏樹
中央公論社
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限りなく透明に近いブルー (講談社文庫 む 3-1)
『限りなく透明に近いブルー (講談社文庫 む 3-1)』
村上 龍
講談社
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――それがいつぐらいまで。

朝倉 : 25歳すぎで勤めだすまで。たぶん、勤めはじめた後くらいから、やっと現代の小説を読むようになりました。どんなものがあるのかなと思って図書館で池澤夏樹さんの『スティル・ライフ』を借りたんです。すごく面白かった。今のことを書いている! って。読みやすいし今の言葉だし今の人だし、すごくきれいな文章で。何回も読みました。そこからどんどん、山田詠美さんや藤堂志津子さんら、その頃デビューしてきた人の小説を読むようになって。田辺聖子さんや林真理子さんも読み始めたし、椎名誠さんも読みましたね。村上龍の『限りなく透明に近いブルー』は高校1年生の時に芥川賞を取って、その時はすごくいやらしい小説のように思えてちっとも分からなかったけれど、読み返してぐらんぐらんする感じがあって、あれはすごくいいなと思って。

――小説を書こうと思ったのは。

朝倉 : 30歳の時です。結婚できないな、と思った時、契約社員なので定年までいられるかも分からないし、資格も通信教育で私は最後までやり通せないと思って、それで小説を書こうと思ったんです。あ、その前に、北海道内だけなんですけれど、JALの作文の懸賞みたいなものがあって、国内旅行の思い出を書いて送ると、その思い出の地にもう一回連れていってあげるというのがあって。広告の企画だったので、思い出の地に行っているあなたの写真も掲載されます、っていう。それに選ばれて、もう一回東京に来たんです。ほら、『雁』が好きだったので、不忍池とか行って(笑)。団子坂とかもめぐって、すごく楽しくてもう一回行きたいなって思っていたので、それを書いたんですね。二度目に行った時は都庁が出来たばっかりで、あの前で写真を撮りました。そうしたら、写真が道内の新聞の全面広告に出たんです。まわりの人がビックリして、マダム香川っていうのが電話をかけてきて...。

――マダム香川って誰ですか。

朝倉 : 友達です(笑)。で、マダム香川に作文を書いたのよって言ったら「作文ぐらいで広告に出るの、小説じゃなくって?」って言われて、「小説なんか書かないよ」って言ったことが、書くきっかけのような気がする。

――マダムのひと言がきっかけで。

朝倉 : 本人は忘れてるだろうけれど。「小説なんか書かない」って言ったことが自分でショックだったんですよ。本当はずっと、書きたかったのかもしれないですね。それで、いきなり書き始めたの。突然。会社から社箋をくすねてきて、横書きで書きはじめました。わーって書いて、原稿用紙に清書したら70枚くらいになりました。ふらふらした女の子が転落していって、最後に覚せい剤で捕まるという話です。自分の中にヒロイン像があって、それに近づこうとしてダメになっていくんです。

ノルウェイの森 上 (講談社文庫)
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村上 春樹
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クリスマスの思い出
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トルーマン カポーティ
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――朝倉作品の原点を感じますー!

朝倉 : で、31歳の時に創作教室に通ったんです。名作と自分が書いたものとあまりに違うので、これは何かあると思って通ったら、交際相手が見つかりまして。交際しているうちに、小説よりもそっちのほうが大事になってきて。だって私、ずっと結婚結婚思っていたわけだから(笑)。こっちが大事だわーと思って、でも時間がかかって結婚したのは39歳だったんですけれど。それまで何もしなかった。

――そんな30代、読んでいた主な作品は。

朝倉 : よしもとばななさんがデビューした頃で、これが大流行していました。『ノルウェイの森』も、OLは大好きでしょう。ロッカーの上にいつも置いてあって。そういう流行っているものは読んでいましたね。あと、カポーティの『クリスマスの思い出』というのがすごく好きだった。あとはフィリップ・マーロウのシリーズ。

――チャンドラーですね。『長いお別れ』や『さらば愛しき女よ』とか。

朝倉 : あと、幸田文さんがちょう好きです!! 幸田さんの本を読んで分からない言葉があると抜書きして辞書にあたったりしたけれど、辞書に載っていない言葉もたくさんあったな。あと、『源氏物語』を読んだのもこの頃だし。山本夏彦さんもすごく好き。吉行淳之介さんも好き。ああ、もうめちゃちゃですね。

――ハードボイルドから『源氏物語』まで、本はどうやって選んでいたのでしょう。

朝倉 : 情報がないと、こうしためちゃくちゃな読書になるっていう(笑)。会社の帰りに毎日本屋に寄っていたんです。ページをめくってぴんとくるものがあったら買って。

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