第108回:乾ルカさん

作家の読書道 第108回:乾ルカさん

今年は単行本を3冊も上梓し、『あの日にかえりたい』が直木賞の候補にもなった乾ルカさん。グロテスクな描写がありながらも、ユーモアや哀しみを潜ませて、最後にはぐっと心に迫る着地点を描き出すその筆力の源はどこに…。と思ったら、敬愛する漫画があったりゲーマーだったりと、意外な面がたっぷり。大好きな作品についてとともに、作家デビューするまでの道のりも語ってくださいました。

その5「母のひと言で小説執筆を意識」 (5/6)

あの日にかえりたい
『あの日にかえりたい』
乾 ルカ
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将棋の子 (講談社文庫)
『将棋の子 (講談社文庫)』
大崎 善生
講談社
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夏光
『夏光』
乾 ルカ
文藝春秋
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オール讀物 2010年 11月号 [雑誌]
『オール讀物 2010年 11月号 [雑誌]』
文藝春秋
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SIREN: New Translation PLAYSTATION 3 the Best
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――自分で小説を書こうと思ったのはいつ頃なのでしょうか。

:仕事が決まらないでいる頃に出かけては有栖川有栖さんの新刊などを買ってくるのを見て呆れた母に、「そんなに暇なら小説を書いたらどう」と言われたんです。それで、有栖川さんたちのようなすごいものは書けないけれど、何か書いてみようかなという気になって。放送大学を退職した年の夏に、学生時代によく読んでいた『コバルト』のノベル大賞に応募してみたんです。今考えると『コバルト』向けの内容ではなかったですね。『あの日にかえりたい』に「夜、あるく」という短編がありますが、あれはそのとき最終選考まで残ったものをアレンジして短くして主人公を女性にして......と、いろいろいやって形を変えたものなんです。応募したときも「夜、あるく」というタイトルでした。それをうっかり最終選考まで残していただいたものですから、「ちょっといけるんじゃない?」と勘違いをしてしまったんですね。あれで残していただかなかったら漫画と同じく辞めていたのか......いえ、辞めていなかったかも。結局は落選だったんですが、当時の編集の方に「うち以外には応募しないでください」と言われたので、それを真に受けてしばらくは『コバルト』さんにしか応募しなかったんです。でもビギナーズラックだったようで、最終選考に残ったのは最初に応募したものだけでした。それで3、4年続けて芽が出なかったので、いったん『コバルト』さんはやめて、短編でも応募できる地方文学賞に応募するようになったんです。つねに初心に返るつもりで、毎回ペンネームも変えていました。

――作風やジャンルというものは意識されていましたか。

:作風も何も確立されていなかったので、そのとき書きたいものを書いて送っていました。それで、ゆきのまち幻想文学賞という短編の賞に応募して入選して、そこでまた勘違いをしたんですね。力試しにまた商業誌に応募してみようと思ったんです。長編は苦手だったし、その頃は資格予備校でバイトながら正社員なみにフルタイムで働いていて時間がなかったので、すぐ書ける短編の賞を探したんです。そうしたら日本ホラー大賞、オール讀物新人賞、小説現代新人賞くらいしか見つからなかったんです。最初に日本ホラー大賞に応募したのが30歳のときですね。オールにはじめて送ったのは受賞する1年前。

――本を読む時間はありましたか。

:今よりもずっと読んでいたと思います。休みの日は図書館に通っていました。励まされたのは大崎善生さんの『将棋の子』というノンフィクション。年齢制限があるところで結果を出さなければいけないという厳しさがあるんですね。私は落選が続いても年齢制限があるわけではないんだ、と思うとずい分勇気づけられました。大崎さんの『聖の青春』もすごく好きです。あとは筒井さんの小説や、ネタに使えそうな新書を図書館で借りたりしていました。

――受賞した「夏光」も戦時の話だったりと、下調べが必要だったのかなと思います。調べることは嫌いではないんですね。

:あれはやはり資料は必要でしたね。ただ、資料を読んで話を思いつくというよりは、こういう話にしようと思って調べ始めるタイプです。調べて分からなかったらいいや、とすぐ諦める(笑)。

――受賞の連絡を受けたときはいかがでしたか。

:商業誌への投稿で最終選考に残るのは5回目ぐらいだったんです。電話がかかってきた時に、すごく暗い感じでしかも「『オール讀物』の者ですが」と、個人名をおっしゃらなかったんです。それで、いつもの落ちたときのパターンと同じだから今回も駄目だったんだと思ったんです。今考えると、暗い声ではなくて落ち着いた声だったのかもしれません。それで受賞したと言われて驚いて「本当ですか」「親に受賞したって喋っていいですか」って何度もすごく失礼なことをしつこく訊いた記憶があります。

――デビューが決まって以降、生活は変わりましたか。お勤めはどうされたのでしょう。

:勤めは去年6月に雇用切れになるまでは続けていました。最後のほうは週に3日くらいのパートタイムになっていたんですけれど。本はあまり読まなくなりました。どれを読んでも優れたものばかりなので。それを自分の血なり肉なりにしなければいけないのですけれど、読むとちょっと落ち込みがちになりまして。それで漫画に逃げたりゲームに逃げたりしているんです。集英社の編集の方に「サイレン」というホラーゲームをいただいて、それを70時間くらいかけてクリアして、その後でもこの敵をスルーできないかとか、ゲームのシステム上受けざるを得ないもの以外はノーダメージでクリアするとか、自分で条件を設定してやってみたりして。漫画はやはり最近では『ガラスの仮面』の第45巻に尽きますね(笑)。

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