第119回:小路幸也さん

作家の読書道 第119回:小路幸也さん

東京・下町の大家族を描いて人気の『東京バンドワゴン』シリーズをはじめ、驚くべきスピードで新作を次々と発表している小路幸也さん。実は20代の前半まではミュージシャン志望、小説を書き始めたのは30歳の時だとか。そこからデビューまでにはひと苦労あって…。そんな小路さんの小説の原点はミステリ。音楽や映画のお話も交えながら、読書遍歴や小説の創作についてうかがいました。

その2「音楽に夢中になる」 (2/6)

最後の女 (ハヤカワ・ミステリ文庫 2-3)
『最後の女 (ハヤカワ・ミステリ文庫 2-3)』
エラリイ・クイーン
早川書房
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深夜プラス1 (ハヤカワ・ミステリ文庫 (HM 18‐1))
『深夜プラス1 (ハヤカワ・ミステリ文庫 (HM 18‐1))』
ギャビン・ライアル
早川書房
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点子ちゃんとアントン (岩波少年文庫)
『点子ちゃんとアントン (岩波少年文庫)』
エーリヒ ケストナー
岩波書店
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飛ぶ教室 (講談社文庫)
『飛ぶ教室 (講談社文庫)』
エーリッヒ ケストナー
講談社
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破戒 (新潮文庫)
『破戒 (新潮文庫)』
島崎 藤村
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NHK DVD 人形劇 新・八犬伝 劇場版
『NHK DVD 人形劇 新・八犬伝 劇場版』
テレビドラマ
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マイク・ハマーへ伝言 (角川文庫)
『マイク・ハマーへ伝言 (角川文庫)』
矢作 俊彦
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――さて、中学生になってからも読書生活は続きましたか。

小路:音楽のほうにいっちゃいました。僕はもともとミュージシャンを目指していたんです。フォークソングやロックにとりつかれてギターを始めて、音楽漬けの日々でした。友達とバンドを組んで曲をコピーして自分でもソングライティングを始めて...。読書のことはすっかり忘れていました。でも中学3年生の時に、受験なので参考書を買ったほうがいいだろうと思って本屋に行ったんです。そこで文庫のコーナーに迷い込んだら、青い背表紙が並んだ棚がある。そこにクイーンの『ギリシア棺の秘密』があったんです。ハヤカワミステリ文庫の棚だったんですね。そこで小学生の頃に大好きだったあの本は、こういう文庫になっているのかとはじめて知りました。何か買って読んでみようと思って、いちばん薄くて安い『最後の女』を買いました。実はこの本の内容はそれほどでもなかったんですが(笑)、子供の頃クイーン探偵ものを読んだワクワク感が甦ってきて。そこからダイジェスト版ではない、本当のクイーンを読みだしたんです。ハヤカワミステリばかり買って読みふけりました。

――探偵のなかではクイーンがいちばん好きですか。

小路:小路:あのスタイリッシュさ、格好よさ、嫌味ったらしさ、そういったものを全部含めて好きでした。明智小五郎も結構気障で厭味ったらしいですよね。挿絵でもスーツ姿で、そういう格好よさに憧れました。ほかにはヴァン・ダインのファイロ・ヴァンスのシリーズとか、ロス・マクドナルドのリュウ・アーチャーのシリーズはほぼ全部読みました。ミッキー・スピレインのマイク・ハマーのシリーズといったハードボイルドものも読むようになって。中学生時代の読書はミステリとハードボイルドの二本立てでした。
ギャビン・ライアルの『深夜プラス1』も好きでしたね。

――ほかのジャンルは読まなかったのですか。

小路:いとこがケストナーを読んでいたのを見て、こういう作家もいるのかと思って『点子ちゃんとアントン』や『飛ぶ教室』も読みました。それと、2人の姉も本好きだったので、姉の本棚からも拾い読みはしていました。志賀直哉とか芥川龍之介とか島崎藤村とか...。藤村の『破戒』は強烈でしたね。差別などの難しいことは分かっていなかったと思いますが、最後、主人公がどん底から立ち上がってそれでも生きようとするところがすごく印象に残っています。僕は今、ハッピーエンドしか書かないと決めているんですが、根っこはそのあたりにあるんじゃないかなと思います。

――部活などの活動はしていましたか。

小路:小学校、中学校と放送部でした。その体験が『ピースメーカー』という小説のもとになっています。機械が好きで、調整卓をいじれるのが嬉しかった。自分でアナウンサーもしました。僕は小さい頃から喋ることは得意だったんです。ずーっと喋っていて、と言われたらずーっと喋っていられる。小学校6年の時には放送劇も作りました。NHKの放送劇セットに頼らずみんなでオリジナルのものを作ろうということになり、僕が脚本を書きました。「八鳥伝」というタイトルです(笑)。なぜかというと、その頃NHKの人形劇で「新八犬伝」を放送していて、ものすごい人気だったんです。坂本九さんがナレーションで辻村ジュサブローさんが人形制作をしていて。それで、犬ではなく鳥にして、8人の仲間がだんだんにそろっていって、事件を解決する話にしました。詳しい中味はまったく憶えていません。唯一憶えているのは、「八犬伝」に出てくるのは仁・義・礼・智・忠・信・孝・悌の玉ですが、そのままパクってもつまらないからということで、愛・義・心・智・力・疑・信・優にしたこと。脚本書きはすごく楽しかったですね。悩まずにすらすらと書けました。1、2年生には理解できなかったみたいだけれど3、4年生にはすごくウケて、5、6年には不評だったことを憶えています(笑)。

――高校に進学してからはいかがでしたか。

小路:高校は高専だったんです。国立旭川工業高等専門学校でした。公立の試験に落ちて私立を受けていなかったから、文系なのにそこの化学科に進んでしまいました。高専って5年制なんですよ。15歳で入学したら先輩に20歳の人がいるわけです。へたすると落第して学校に残っている24、5歳の先輩がいる。大学と同じ単位制で、先生たちも教授や助教授。いきなり大学に入った感じでしたね。高校3年間で習うことを1年生のうちに詰め込むので授業は厳しかったんですが、そのかわり服装も校則も自由でした。
軽音楽部にいってみたら、20歳すぎの先輩が煙草をスパーッと吸っていて「おう新入生か、歓迎コンパに行こうぜ」と言われ、中学卒業したばかりの子供が飲み会に連れていかれました。というわけで、僕のはじめての朝帰りは高校1年生の時です。

――その頃に読んだ本といいますと。

小路:ハードボイルドの流れで読んだ片岡義男さんと矢作俊彦さんに惚れました。矢作さんの『マイク・ハマーに伝言』を読んで、なんだこれは! すげーカッコいいじゃん! となりまして。二人の小説は乾いたアメリカの空気が行間から漂っている。音楽でのアメリカへの憧れとあいまって夢中になりました。しかも矢作さんは"反逆"の匂いがありますが、"反逆"といえばロックですから。音楽と小説の世界が全部リンクしていく感覚がありました。

――音楽に関してはどのような興味の流れだったのでしょうか。

小路:最初はフォークソングなんです。吉田拓郎や井上陽水、かぐや姫。彼らを聴いていたところにニューミュージックと呼ばれるものが現れた。今でいうJ-POPですね。荒井由実さんの登場は衝撃的でした。今では松任谷由実さんですね。それまでは暗いしみったれた四畳半フォークを聴いていたのに、いきなり荒井由実によってきらびやかな世界があることを知りました(笑)。当時はバンドで女の子をボーカルにしていたので、よく彼女の曲をやりましたね。あとは日本でいうならチューリップのサウンドも大好き。チューリップの財津和夫さんはビートルズが大好きですから、僕はビートルズ世代ではないけれどチューリップを通してビートルズの影響も受けたと思います。洋楽ではほかにほかにはサザンロックやカルフォルニアロックと呼ばれる類、イーグルスの軽やかなロックも新鮮でした。『DOWNTOWN(ダウンタウン)』という小説にも書きましたが、高校に入ると喫茶店に入り浸って音楽を聴くようになって。大人に囲まれてジャズやブルース、ジャズフュージョンとかを聴くようになる。渡辺貞夫さんなんかの音楽ですね。もちろんアメリカのカントリーミュージックや、レゲエもあった。つまりはありとあらゆるジャンルの音楽が聴かれていた時期だったんです。それから、山下達郎さんがシュガー・ベイブというものすごいバンドを作ったんです。大貫妙子さんや伊藤銀次さんも参加していたバンド。実は『DOWNTOWN』という小説のタイトルは、シュガー・ベイブの曲のタイトルからとっています。僕は伊藤銀次さんにお会いして一緒に飲んだことがあるんですけれど、そのきっかけは伊藤さんが僕の『東京バンドワゴン』という本を見つけてくれたからなんです。「バンドワゴン」というのはミュージシャンの鈴木茂さんのLPのタイトル。それで「この人はなんだろう」と思ってくださったようで、次に『DOWNTOWN』を見つけてますます「この人はなんだろう」となったみたいで(笑)。そのことを伊藤さんがブログに書いているのを僕が見つけまして、「伊藤さんが僕の本を読んでくれている!!」と思ってメールを出したら返信があって、それで会いましょうということになりました。

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