第119回:小路幸也さん

作家の読書道 第119回:小路幸也さん

東京・下町の大家族を描いて人気の『東京バンドワゴン』シリーズをはじめ、驚くべきスピードで新作を次々と発表している小路幸也さん。実は20代の前半まではミュージシャン志望、小説を書き始めたのは30歳の時だとか。そこからデビューまでにはひと苦労あって…。そんな小路さんの小説の原点はミステリ。音楽や映画のお話も交えながら、読書遍歴や小説の創作についてうかがいました。

その5「インプット&アウトプット」 (5/6)

最後の音楽―リーバス警部シリーズ (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)
『最後の音楽―リーバス警部シリーズ (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)』
イアン ランキン
早川書房
2,268円(税込)
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――最近の読書生活はいかがですか。

小路:つねに書きまくって物語に意識が向かっている状態だと、日本の小説を読んでいてもつい物語の先を"読もう"としちゃう。「この脇役がこの先どう動くのか」「この場合はどういう結末にするのか」といったことを、自分が読者だった時代よりもかなりはやい回転で考えてしまう。そうなるとつまらないんですよ。でも外国人作家だと自然と楽しめるんですよね。

――大人になってから新たに好きになった海外の探偵はいますか。

小路:最近でもないんですけれど、イアン・ランキンのリーバス警部シリーズは好きです。ハヤカワのポケミスで7、8年続いているシリーズなんですが、この間最終巻が出ました。スコットランドのエジンバラが舞台で、とにかく暗くてブルースを感じさせる。ランキン自身はロック大好きな人なんですけれど。スコットランドの暗くて重い空気のイメージや、疾走するドライヴ感が好きですね。日本人には書けない感性があると思います。土地に育まれた血なんでしょうね。そこがたぶん、海外小説好きの理由かも。日本人の血ではなかなか描けないものに惹かれるんだと思います。あとそうそう、マイケル・Z・リューインも大好きなんです。優しい男らしさを持った探偵のアルバート・サムスンがいいですよね。シリーズの2作目だったかのオビに「澄んだ男らしさ」ってあったんですよ。まさにその通りだなと思いました。僕も自分にとっての理想の探偵を書きたい。でもどいう探偵が理想かというと、これが難しい。今でもふとした時に考えますよ、オレの探偵は一体どこにいるんだろうって。いつかは書いてみたいですね。

――さて、現在の生活サイクルについておうかがいしようと思うのですが、ツイッターを拝見していますと、毎日ほぼ同じ時間に犬の散歩ツイートとお風呂ツイートがあって、規則正しさに驚きます。しかも、土日も同じリズムですよね。

小路:朝8時半に起きてご飯を食べて犬の散歩をし、10時すぎから書いて「笑っていいとも!」を見ながらお昼を食べて(笑)、ひと息ついたらまた書いて、午後3時すぎに犬の散歩。帰宅後にまた書いて、6時すぎくらいから妻が夕食の準備をはじめるのでご飯を食べたりテレビを見たりして、その後お風呂に入り、午後9時か10時くらいにまた書きだして、深夜の2時半くらいに寝ます。その間に本や漫画を読んだりもします。このスケジュールが毎日ですね。会社を辞めて10年経つので休日の感覚はないんです。子供が小さい頃は土日に遊びに連れていくのでまだ休日の感覚はありましたが、次男が中学に入ってからは平日休日関係なくずっと書いています。

――ずっと机の前ですか。

小路:漫画を読むのもDVDを観るのも机の前です。24歳で広告業界に入ってからずっとパソコンの前にいる仕事をしていますが、目が痛くなったり首や腰が痛くなったりすることが一切ないんです。デスクワークが天職なんじゃないかと(笑)。

――一日中机に向かってアウトプットしているだけだと、インプットが必要になったりしませんか。

小路:大丈夫です。広告業界時代にインプットとアウトプットの仕方を学んだんです。広告制作会社に入って2年目ぐらいに空っぽになったんですよ。それまでは音楽をやっていた時の感性で動けば不思議と仕事ができたんですが、アウトプットばかりしていたら空っぽになってしまった。それからはインプットの仕方を憶えました。つねに息を吸うように、インプットとアウトプットをするんです。例えばこうやってお話をしながらも無意識のうちに、相手の顔つきや身体つき、腕時計や指などに目をやって自然にその人のことを取り込もうとしている。遠くに目をやった時は、向こう側に座っている人のことを見て「あの人はどういう職業でどういう家族がいるんだろう」と考えている。本や漫画を読んでいても、映画を観ていても自然とそういうことをやっているんで、もう枯れることはないと思う。

――音楽をやっていたことも何か影響があるのでしょうか。

小路:作家になってからいろんなインタビューを受けていて考えてみるに、僕のモノをつくる原点はソングライティングだな、と。今も作詞をするように物語を書いているんです。詞の向こう側にあるものが物語なんだなと思うようになりました。

――詞と物語では、長さも内容の具体性もかなり違いますよね。

小路:どう物語を作るのかといいますと、まずなにかフックというものがあるんです。カコーンとフックにひっかかると、主人公の設定からエピソードから、全部がばーっと出てくる。そこから選び取りながらラストまで登場人物たちと歩いていく道筋を決めていきます。歌詞も同じで、カコーンと何かがひっかかった時に、その世界がぶわっと広がっていく。それを言葉にしていくんです。作業としてはまったく同じなんだなということを、ここ最近感じています。

――カコーン、というのは感覚的なものなのでしょうか。

 

小路:前にも『僕たちの旅の話をしよう』で説明したことがあるんですが、編集者との打ち合わせで「次は男の子の話にしましょう」と話して帰宅してどんな話にしようか考えていると、カコーンと「すごく目のいい男の子にしよう」と思いつく。どんな風に目がいいんだろう、2キロも3キロも先が見えることにしよう、ならば超高層マンションに住んでベランダから遠くを見ていることにしよう、高層マンションに住んでいるというならお金持ちだということだな、お金持ちだというならお父さんはメジャーリーガーかな、でも今は引退していて、きっとそこには不幸な何かがあって...と、ほぼ全部の設定ができあがります。そこに至るまでは2、3分ですね。

――そんなにはやく! プロットづくりに悩むことはないんですか。

小路:うーんどうしよう、と思うことはあるけれど、カコーンとフックさえ見つかればあとはもう登場人物を整理して着地点を決めるだけです。

――それっていろんな経験や知識や教養が蓄積されていないと無理ですよね。

小路:たぶん小さい頃から見聞きしてきたドラマや映画が全部僕の中で溶け合って泉のようになっているんです。それを釣り堀みたいに釣ろうとして、一度何かがひっかかったらザバーッといろんなものが浮かび上がってくる(笑)。

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