作家の読書道 第125回:村田沙耶香さん

家族、母娘、セクシャリティー……現代社会のなかで規定された価値観と調和できない主人公の姿を掘り下げ、強烈な葛藤を描き出す村田沙耶香さん。ご本人も家族や女性性に対して違和感を持ってきたのでは…というのは短絡な発想。ふんわりと優しい雰囲気の著者はどんな本を読み、どんなことを感じて育ったのか。読書遍歴と合わせておうかがいしました。

その1「"文体"に憧れた小学生時代」 (1/5)

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――プロフィールによると、村田さんは千葉のご出身なのですね。

村田:記憶がないくらい小さな頃に京都にいたこともあるらしいのですが、物心ついてからはずっと千葉県のニュータウンにいて、高校生の頃東京に引っ越しました。

――小さい頃、本を読むのは好きでしたか。

村田:はい。家の二階の小さな物置のような部屋に本棚があって、母と6つ年上の兄の本が並んでいたんです。母はミステリが好きでアガサ・クリスティーなどの本があり、兄はSFが好きだったので新井素子さんや星新一さん、眉村卓さんの作品がありました。私もその影響で小学校3、4年生の頃は星新一さんの本をよく読んでいました。新井素子さんの本は、兄は『結婚物語』や『新婚物語』が好きだったようですが、私は『くますけと一緒に』が好きでしたね。くまのぬいぐるみが動き出して主人公を助けてくれるという"ぬいぐるみホラー"という感じのお話でした。

――あ、ぬいぐるみというと、村田さんの『授乳』に収録されている「コイビト」を思い出しますね。ぬいぐるみを恋人にしている女の子の話。

村田:あれを書きながら『くますけと一緒に』と思い出していました。影響を受けていると思います。星さんや新井さんよりさらに前の読書の記憶となると、学校の図書室で借りていた本になります。『雪の女王』や『秘密の花園』などを読みました。あとは少女小説が好きでそればかり読んでいる子供でした。

――少女小説は具体的にはどのようなものを。

村田:堀直子さんの「ゆうれいママ」のシリーズは、主人公の女の子の死んじゃったお母さんが幽霊になって、いろいろと助けてくれるお話でした。あとはライトノベルのような雰囲気の、小学生向けの「とんでる学園」シリーズというのがあって、そのなかの窪田僚さんの「うらないトリオ・キューピッズ」という、三人組が占いで学校の問題を解決していく話も好きでした。同じシリーズで、名木田恵子さんの「ふーことユーレイシリーズ」という、背後霊の男の子が恋人だという話もありましたね。

――どういう子供だったのでしょうか。インドアだったのか、アウトドアだったのか...。

村田:かなりインドアで、空想癖もある子供でした。ロマンチックな話に憧れて、自分でも小学3年生の頃から少女小説を書いていました。女の子が主人公で、不思議な男の子が出てきて...という。今とは全然違いますね(笑)。将来は少女小説家になりたいと思っていました。小学6年生の時にワープロを買ってもらって、ティーンズハートというピンクの背表紙のシリーズの賞に応募しようと思って書いたこともありました。完成しなかったんですけれども。文体というものに憧れたのも小学生の頃です。母が与えてくれた本に宮沢賢治があったんです。『土神と狐』のような悲しい話が好きでしたが、小さい頃は宮沢賢治の文章がすごく怖かった。擬音など、見たことのない文字の並びがいっぱいあって、それが五感に直接訴えかけてくる感じがしたんです。他の本と字の感触が違う気がして、私にとって部屋にあるとちょっと怖いなと思う本でした。でも読むと引きずり込まれてしまう魔力があるんですよね。他にも文章に特徴のある人の本を読むことが多かった気がします。それで自分の文体というものに憧れて、いろいろ真似して書いていました。新井素子さん風にしてみたり、星新一さん風に「エヌ氏が...」って書いてみたり。内容はめちゃくちゃでしたけれど。

――小学生で文体という言葉を意識するとは。

村田:何かで"文体"という言葉を見かけたんだと思います。それで、そういうものがあるんだと思って憧れたんです。

――宮沢賢治は悲しい話が好きだったとのことですが、そういう自覚があったのでしょうか。

村田:楽しい話も好きでしたが、その合間に読んだ悲しい話が印象に残っています。『にんじん』とか『子鹿物語』とか。家族が出てきて、そのなかで少年が成長していく時の切ない話が身につまされる感じがしていました。『にんじん』は自分の心が感じすぎてボロボロ泣いてしまって、辛くて2度目は読めなかったくらいでした。

――村田さんの小説は家族や母性を疑うものが多いですが、小さい頃から"家族"というモチーフに反応していたんですね。

村田:敏感に反応していたと思います。書いているもののせいなのか、よく「家族は仲がいいのですか」と訊かれるんです。あまりに訊かれるので自分でも「あれ、本当はどうなんだろう」と思ってしまうくらい(笑)。でも普通のほのぼのとした家族なんです。父は家族サービス過剰なくらいで夏には必ずキャンプに連れていってくれていました。母は、例えば食事でも子供中心に考えてくれてカレーやハンバーグといった子供の好きなものばかり作るので、父がすねてしまったくらい。そういう家だったのに、なぜか家族を書いた切ない物語には敏感に反応していました。

――そんなに仲のよいご家族とは意外でした(笑)。意外といえば、村田さんの小説には女性性と折り合いをつけられない主人公もいますが、ご自身は小さい頃、生理になるのが楽しみだったとか。

村田:そうなんです。学校の図書室に初潮を迎える女の子が出てくる小説が何冊かあって、それは全部読みました。ほとんどの女の子は生理が始まるのを嫌がったり、血が出て泣いてしまったりしていたんですが、私はすごく楽しみでした。いつになったらこの素敵で楽しそうなことが始まるんだろうと思っていて、学校で見本でもらった生理用品も嬉しくてすぐ開けちゃいました。恋愛小説を読んでいたこともあり大人の女性になることに憧れがあったんですよね。初潮がきたら初恋ということが自分にも起きるんじゃないかと思っていました。

――小さい頃の無邪気な初恋はなかったのですか。

村田:ドキドキするくらいは初恋じゃないと思っていて、もっと本当の恋がしたかったんです。はじめて男の子のことを意識したのは小学3年か4年の時。席替えで隣になった子のことを意識したんです。でもまた席替えをしたら気持ちが変わってしまったという、子供らしい感情でした。こんなのは初恋じゃない、と思って、口で言うと恥ずかしいんですが、夜中に謎の儀式をしました。気持ちのなかの初恋を取り出して壁に埋めたんです。本当の初恋が起きるまでは壁から取り出さないようにしよう、って。そうしたら気持ちがおさまったんです。

――ああ、おまじないみたいなものですね。

村田:あの頃こっくりさんをやったりしていたので、その延長線だったんだと思います。少女小説の読みすぎですよね。その後、本当に好きになっておつきあいをして、というのは高校生になってからでした。

――そういえば、少女小説が好きだったということは、少女漫画も好きだったのですか。

村田:好きでした。『ときめきトゥナイト』などが流行っていたと思います。これも口にすると恥ずかしいんですが、ビックリマンが流行っていて、それを漫画にした『愛の戦士ヘッドロココ』という漫画があったんです。題名は激しいんですが(笑)、天使と悪魔が出てくる「ロミオとジュリエット」みたいなラブコメです。女の子向けの漫画雑誌の『ぴょんぴょん』というのがあって、そこに連載されていました。雑誌では『なかよし』であさぎり夕さんや早稲田ちえさん、猫部ねこさんの漫画なども読んでいました。とにかく小中学生の頃はそうした少女趣味のものが好きでした。

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プロフィール

むらたさやか 1979年千葉県生まれ。玉川大学文学部芸術学科卒。2003年「授乳」で第46回群像新人文学賞(小説部門・優秀作)受賞。2009年、『ギンイロノウタ』(新潮社刊)で第31回野間文芸新人賞受賞。著書に『授乳』『マウス』『星が吸う水』(いずれも講談社刊)、『ハコブネ』(集英社刊)などがある。最新作は、『タダイマトビラ』(新潮社刊)。