第141回:伊東潤さん

作家の読書道 第141回:伊東潤さん

昨今は新作が連続して直木賞にノミネート、今後の歴史小説の担い手として注目される伊東潤さん。歴史解釈と物語性を融合し、歴史モノが苦手な読者でも親しみやすいドラマを生み出すストーリーテラーは、実は長年にわたるIT企業勤務の経歴が。40代になるまで小説家になることなどまったく考えなかったという伊東さん、その読書歴、そして作家になったきっかけとは。

その2「読んでつまらないのは自分の責任」 (2/5)

イージー★ライダー [Blu-ray]
『イージー★ライダー [Blu-ray]』
ソニー・ピクチャーズエンタテインメント
2,500円(税込)
商品を購入する
>> Amazon.co.jp
春の雪―豊饒の海・第一巻 (新潮文庫)
『春の雪―豊饒の海・第一巻 (新潮文庫)』
三島 由紀夫
新潮社
724円(税込)
商品を購入する
>> Amazon.co.jp
>> HonyaClub.com
>> エルパカBOOKS
果しなき流れの果に (ハルキ文庫)
『果しなき流れの果に (ハルキ文庫)』
小松 左京
角川春樹事務所
864円(税込)
商品を購入する
>> Amazon.co.jp
>> HonyaClub.com
>> エルパカBOOKS
利休にたずねよ (PHP文芸文庫)
『利休にたずねよ (PHP文芸文庫)』
山本 兼一
PHP研究所
905円(税込)
商品を購入する
>> Amazon.co.jp
>> HonyaClub.com
>> エルパカBOOKS
花鳥の夢
『花鳥の夢』
山本 兼一
文藝春秋
2,052円(税込)
商品を購入する
>> Amazon.co.jp
>> HonyaClub.com
>> エルパカBOOKS

――小説以外では何が好きでしたか。

伊東:中学の頃はニューシネマの影響も受けました。近所に名画座もたくさんあって、3本立てを見ても500円くらいでした。『イージーライダー』『ファイブ・イージー・ピーシズ』『俺たちに明日はない』『明日に向かって撃て』...。いちばん憶えているのは『スティング』。当時は映画館も入れ替え制ではないので、あまりに面白くて続けて2回観て、別の日にまた観に行って合計4回観ました。全部の場面を反芻できるくらい憶えました。反芻しながら、なぜこんなに面白いんだろうとか、なんであそこで騙されたんだろうと考えをめぐらせました。それが基礎になったようで、その後中高生時代に本を読んだ時も、なんでこの本が面白いのか、一生懸命考える習慣がつきました。映画鑑賞日記や読書日記もつけていました。公開する予定もなく、自分だけのものとしてですけれど。

――海外映画をよく観たのなら、海外小説は読みませんでしたか。

伊東:中高の頃によく読みました。ノベライズが結構入ってきていましたね。インパクトを受けたのはテレビ映画の「刑事コロンボ」のノベライズ作品。これは相当読みました。ドラマではカットされていた場面が入っていたり、犯人の心情もきめ細やかだったりして面白かったですよ。外国小説で他に読んだのはハメット、チャンドラー、ロス・マクドナルド、アイラ・レヴィン、ジェイムズ・エルロイ。ノベライズから入っていちばん面白かったのはリチャード・マシスンの『激突』。あの短編集に載っている「蒸発」という短編に惹かれました。翻訳小説は心理描写が日本の小説とは微妙に違っているところなどが、かなり参考になっています。そうそう、僕はケチなので、面白かったらもちろん、つまらなくても、最低二度は読むんです。お金払って買ったんだから、もったいないと思って。その時、これは面白いんだって言い聞かせるようにして読むんですよね。世間一般で認められている作品を読んで、それがつまらなかったら、それは自分の責任だって思っていたんですよ。当時の少年は素朴なものです。

――自分がちゃんと理解できていないから、ということですか。

伊東:そうです。自分に読解力がないからつまらないんだと思っていました。昔はネットもないから他人の感想を読む機会もないですし、自分で考えるしかなかった。今の人は図書館で10冊くらい借りて、期限が迫ってきて慌てて飛ばし読みをして返すような読み方をする。それで、つまらないのは作品が悪いからだと他責にする。これでは、読書の楽しみが奪われているように思いますね。僕だって、三島由紀夫の『豊穣の海』や小松左京の『果てしなき流れの果てに』を読んで良さがわからなかったけれど、でもそれは、自分が至らないからだと思いました。そうすると何年か経つと「もう一回読もう」という気になる。すると今度は楽しめたりするんです。僕は作家は読者と対決するものだと思っているんです。わからなかったら理解してみろ、というくらいの姿勢でいいと思う。最近は、読者への迎合合戦になっていて、作家が皆で「読みやすさ」を競い合っているような気がします。これでは読者が育たない。昭和の作家たちのように、自分も、読者を突き放すようなものを書いてみたいですね。そうしたら売れないですけれど(笑)。

――どれだけ多くの冊数を読んだかばかりが話題になる傾向もあるように思います。1冊の本を何度も何度も読むという楽しみが忘れられている気も。

伊東:最近は、小説もハリウッド映画的な読まれ方をしていますよね。びっくり箱じゃないんだから、どんでん返しや意外性ばかりに読者の興味が行くというのも、困りますよね。小説には様々な読み方があっていいと思うのですが、文章を味わうということも、その一つだと思います。僕は山本兼一さんが好きなんですが、『利休にたずねよ』なんてひとつのチャプターやパラグラフを読んだらまた戻って読み返したくなります。今は『花鳥の夢』を読んでいるんですけど、流麗な文章が素晴らしい。読者として楽しめ、作家として参考になります。一粒で二度おいしいというやつですね。ネタが古くて年がばれてしまいますが(笑)

――その後の読書傾向は。

伊東:高校から大学にかけては司馬さんと、あとは吉村昭さんの本なら何でも読みました。松本清張さんも好きでほとんど読んだと思います。海外ミステリでは映画『笑う警官』の影響でペール・ヴァールー&マイ・シューバルの夫婦による警察小説「刑事マルティン・ベック」のシリーズにハマりました。『笑う警官』の原作から入って、全シリーズ読みましたね。スウェーデンのストックホルムが舞台なんですが町の描写も魅力的でした。刑事たちの心理描写にもリアリティがあるし、生活くさくて刑事コロンボのようにしょぼいところもよかった。他には、自分でも驚いたのが、調べてみたら家に小松左京が30冊以上あったんです。SFはそんなに読んだ記憶がないのに。乱読だったんですね。中高と部活で剣道もやっていたし、映画も観に行っていたし、大学では週4日くらい軟式野球をやっていたし、社会人になってからは週末は必ずウィンドサーフィンをやっていたし、人並みに彼女はいたし、われながらよく読んだなと思います。自分は若い頃から時間意識が強くて、無駄な時間を過ごすのが嫌なんです。ぼうっとしたり、だらだらテレビを見たりもしません。それゆえ、気づいたら、たくさんの本を読んでいたのでしょうね。

――そうなんですか。それにしてもずっと同じ場所に住んでいるということは、蔵書はどうなっているのですか。相当な量になっているのでは...。

伊東:古い本は段ボールにいれてありますね。『三国志』はそこから出してきました。昔の翻訳本の文庫はたくさん持っているのですが、今日はハヤカワ文庫の『サブウェイ・パニック』を持ってきましたよ。このカバーのタッチがレトロでいいでしょう。これも好きな映画のひとつ。ラブロマンスの欠片もなくて、男臭くてリアリティがあって、こういうのがいいんですよ。これも、映画だけでは分からない犯人たちの微妙な心理などが描けていて、小説ならではの面白さがあります。

141ito_02.jpg

実際に伊東さんが取材時にお持ちになったサブウェイ・パニッ ク
マシンガン・パニック/笑う警官 [DVD]
『マシンガン・パニック/笑う警官 [DVD]』
20世紀 フォックス ホーム エンターテイメント
4,104円(税込)
商品を購入する
>> Amazon.co.jp
刑事マルティン・ベック  笑う警官 (角川文庫)
『刑事マルティン・ベック 笑う警官 (角川文庫)』
マイ・シューヴァル,ペール・ヴァールー
角川書店
885円(税込)
商品を購入する
>> Amazon.co.jp
>> HonyaClub.com
>> エルパカBOOKS

» その3「IT企業に勤めていた頃」へ