第142回:川上未映子さん

作家の読書道 第142回:川上未映子さん

詩人として、小説家として活動の場を広げる川上未映子さん。はじめて小説を発表してからまだ6年しか経っていないのに、今年は短篇集『愛の夢とか』で谷崎潤一郎賞も受賞。さまざまな表現方法で日常とその変容を描き続けるその才能は、どのようにして育まれていったのか。読書を通して感じたこと、大事な本たちについて語ってくださいました。

その5「谷崎潤一郎賞を受賞」 (5/5)

愛の夢とか
『愛の夢とか』
川上 未映子
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――執筆活動では『愛の夢とか』で谷崎潤一郎賞を受賞されたばかり。おめでとうございます。30代での受賞は大江健三郎、村上春樹、そして川上さんの3人だけだそうですね。

川上:これは短篇集なんですが、それぞれ違う時期、違う媒体に書いたものから選んで編む作業だったんです。加筆修正もして、また違うものが出来あがった気がしていました。短篇集を編むって、書くことに等しい感じがあって、ひとつひとつどういう小説だったか考える機会になりました。自分は書く時に、できるだけコントロールして今までできなかったことをやりたい気持ちが強いんです。コントロールしても追い付かないとわかっているから、せめてものあがきのつもりで。でも今回改めて一冊にまとまったものを読んでみると、そこに自分で気づいていなかったこと、知らなかったものがあるんですよね。それが新鮮でした。

――どれも夫婦や女性同士など"対"になるものが出てくる作品。日常にドライブがかかる瞬間を書いたということで、さきほどのクイック・マジック・リアリズムにつながる作品群だなと今思いました。震災に触れた短篇も多いことも印象的です。

川上:1編を除いて震災の後に書いたものなんです。改めていま、震災のダメージがじわじわきていることを感じているんです。今は時系列的には2013年ですが、身体感覚としては震災前、それも直前を生きている感じがするんです。私はずっとあれから2011年3月10日を生きているような気がしてならないんです。震災直前のまま震災後を生きて、引き裂かれていくような気がする。人間はふとしたことで死んでしまうということは、子供の頃からかなりの強度で考えてきましたが、震災を経験して私の理解はまだまだだったと思いました。産後と育児、震災という3つが同じ時期に起きたから、より強くそう感じているのかもしれません。

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――次回作はそうした影響を受けたものになりますか。

川上:フィクションの力を信じて、震災前から立てている予定をとりあえず遂行していく予定です。書くことってやっぱり難しいなと思いながら。今発売中の『新潮』11月号には130枚ほどの小説が載っていて、後は年内に短篇をいくつか書く予定です。今「本の話WEB」で「きみは赤ちゃん」という妊娠&育児エッセイの連載をやっていて、妊娠の部分を連載にして育児の部分を書き下ろしにして本にまとめる予定です。そして来年から、長編に取り掛かります。最近、代表作をひとつ残すことも大事だけれども、それよりも自分が死んだ後に、イマージュみたいなものが残ればいいなと思っていて。まあ、何も残らなくってもいいんですけれど(笑)。人間同士でもすごく大切な人が亡くなったら、「あの人はこういう人だった」という言葉は追いつかなくて、人には決して説明するこのできないイマージュが浮かぶと思うんです。仕事でも総体として、そういうことができたらなって思っています。そのためには、日々のたゆまぬ努力が必要ですよね。日々練習です。

(了)