第150回:綾辻行人さん

作家の読書道 第150回:綾辻行人さん

1987年に『十角館の殺人』で鮮烈なデビューを飾って以来、新本格ミステリ界を牽引しつつ、ホラーや怪談などでも読者を魅了してきた綾辻行人さん。小学生で推理小説家になると決め、その後、読書と創作が密接な関係にあったというその愛読書とは? さまざまな先輩作家、後輩作家との交流なども交えて、その読書生活を教えてくださいました。

その2「小6から小説を書きはじめる」 (2/5)

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――自分でもミステリを書こうと思いましたか。

綾辻:大雑把に言って、5年生の時に子供向けのものを読み、6年生で大人向けの推理小説を読むようになったわけですが、書いてみようと思い立ったのは6年の夏休みでした。こんなに面白いものがあるんだから、自分でも同じようなものを作ってみたい、と考えたんですね。ごく単純な模倣欲求だったんだと思います。思い立つとすぐ、文房具屋で400字詰めの原稿用紙を大量に買い込んできて、夏休み中かかって短編を10本以上書いたんですよ。短くて10枚、長くて30枚くらいの作品。それが初の小説執筆になります。

――ちゃんとトリックも作ったんですか。

綾辻:もちろん......いや、全然ちゃんとはしてませんでしたが(笑)。最初はやっぱり、少年探偵団的なものを書いてみたんです。明智小五郎みたいな名探偵が出てくるんですが、第1作では小学校の教師をやっていたのが、ある事件を解決したことから探偵事務所を開いて......という流れのシリーズものだったんだけど、あらかじめシリーズ全30作のタイトルリストを作ったりしてね。15作目くらいで宿敵となる怪人が出てきて、いったん滅びたかに見えるんだけど復活して、最終作でその意外な正体が判明する、みたいな(笑)。楽しかったですね。
 ところが、夏休みにそのシリーズの途中までをうわーっと書いたものの、そうこうしているうちに自分の読書体験も進んでいるわけです。すると秋にはもう違うものが書きたくなって、名探偵対怪人のシリーズは中絶して、今度はエラリー・クイーンだぜ、というノリで『Xの悲劇』『Yの悲劇』『Zの悲劇』『レーン最後の事件』の4部作みたいなものを書いてみたんです。2学期の途中から冬休みいっぱいかけて、これは100枚ずつの長さでした。ドルリー・レーンみたいな名探偵も登場させましたね。「耳が聞こえない」という設定を「足が不自由である」に変換したりしつつ......。

――書き上げた作品は誰かに読ませたのですか。

綾辻:夏休み明けには、書いた原稿を学校へ持っていってクラスメイトに読んでもらったんですよ。そうしたら、みんな優しい連中だったんだなあ、「面白い」「もっと読ませろ」と好評だったんです。あの時もしも「つまんない」と一蹴されていたら、もう書くのをやめていたかもしれないので、当時のクラスメイトには感謝、ですね。それで味をしめたようなところも、確かにあったと思います。
 で、その時点で早々と、将来は小説家――というより、あくまでも推理作家、ミステリ作家になりたい、という夢を持つに至った。12歳の誕生日だったと思うんですけど、親にそれを話したんですよ。すると親は慌てた様子で、「作家なんてものは食うや食わずで苦労して、挙句の果てには若くで病死するか自殺するかして、運が良ければ死後に作品が認められる。そんなものなんだぞ」と(笑)。そういうイメージが一般的だったんですね、あの頃の普通の大人たちにとっては。

――当時書いたものは残っているのですか。

綾辻:夏休みに書いて中絶したシリーズものは、中学に上がる時に全部捨てました。読み返すだに恥ずかしかったので、「過去の自分とは決別するのだ」とか言って(笑)。クイーンを真似た4部作は、どこかに残っているかもしれません。

――中学以降はいかがでしたか。

綾辻:読書の幅が広がって、そうすると書くものの幅も広がりましたね。星新一さんのショートショートが面白いので似たようなものを書いてみたり、SFを読んで自分でも書いてみたり......そう、中学2年の頃から日本のSFにハマったんですよね。平井和正さんの「ウルフガイ」シリーズから入って、小松左京さんや眉村卓さん、光瀬龍さんらの作品を読みあさって、高校時代には筒井康隆中毒になって、山田正紀さんが『神狩り』でデビューされたのをすぐさま読んで熱狂して......と。あの時期の日本SFは非常に元気があってかっこよくて、推理小説は推理小説で読みつづけながらも、いっときはすっかりSF少年だったんですよ。なので、当然のように自分でもSFを書いてみたくなったわけですが、いま思うとSFの才能はあまりなかったみたいですね(苦笑)。
 高校に入ったあたりからはだんだん、リアリティの問題が気になりはじめた。自分がいかに物を知らないかが分かってくる時期ですから、「いろいろな物事がよく分かっていないのに、こんなものを書いていちゃ駄目だろう」なんてね、年寄りが若者に向かって入れそうなツッコミを自分に入れざるをえなくなって。推理小説はもっと社会経験を積んでからじゃないと書けないなあ、と思ったんです。だから自分にはまだ書けない、と。
 そこで、いずれは推理小説を書くとしても、当面はもっと身近なものを題材にして書こうと考えたんですね。私小説ではないけれど、等身大の自分を主人公にした"若者の悩み"的な短編を書いてみたりしました。安部公房が好きだったから、あのようなちょっとSFがかった、日常を舞台にはしているけれどもシュールな物語が多かったですね。例えば、学校の休み時間に3階の廊下の窓から外の木を眺めていてふと、地上から10メートルも離れた葉っぱの上にアマガエルが1匹いるのを見つける。すると次の瞬間、自分がそのアマガエルに変身していて、「どうしてこんなところまで登ってきたんだろう」と自問しはじめて......というふうなお話とか。ちょっとした不条理や幻想・怪奇色のある小説を、主に一人称でいくつも書きましたっけ。
 振り返ってみると、『眼球綺譚』や『深泥丘奇談』など作品はこの辺の習作がベースになっているんだろうな、とも思えます。若い頃にああいうものをひとしきり書いていたのが、たぶん役に立っているんだろうなと。

――最初の読書体験である楳図かずおさんの影響はいかがですか。

綾辻:楳図先生の作品は、何があってもずっと読みつづけていました。『漂流教室』は中1の頃、『週刊少年サンデー』で完結まで毎週読んでいて、ちょうどノストラダムスの大予言が流行った時期でもあったから、もう地球はおしまいだ、と絶望的な気分になったり(笑)。『洗礼』を読んだのは大学に入ってからだったかな。その後も『わたしは真悟』『神の左手悪魔の右手』......と、楳図先生は常に大傑作を描いておられます。すべて買い揃えて何度も読み返しました。今でもことあるごとに読み返します。
 プロの作家になって何冊か本を出した時点で、はたと気づいたことがあったんですよ。自分が書いた小説の、あれもこれも楳図作品の影響を受けているなあと。物語のモチーフからちょっとした言葉遣い、物事の捉え方まで。この場面はあの楳図漫画のあの場面と同じじゃないか――と、あとになって気づいたものもあります。パクリとかそういうのじゃなくて、たぶん非常に深いところで僕の中に刷り込まれているものがあって、それらがおのずと出てきてしまうんだと思う。だから、楳図先生は僕にとって「心の師」であるとかねがね公言して憚らないわけです。

――ロジックで影響を受けたのはクイーンですか。

綾辻:やっぱりクイーンですね。中学生の頃なんか、「尊敬する人物は誰?」と訊かれたら必ず、「エラリー・クイーンです」と胸を張っていたくらいですから。

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