
作家の読書道 第151回:奥泉光さん
芥川賞作家ながらミステリやのSFといったジャンル小説の要素を多分に含み、時にはユーモアたっぷりの作品も発表してきた奥泉光さん。小学生の時に出合い、作家としての自分の原点となった2冊の作品、大学でハマった読書会、小説家について大切なことなど、読書にまつわるさまざまなお話をうかがいました。
その5「面白いと思える小説をどれだけ持てるか」 (5/6)
――デビュー後の読書は。
奥泉:あまりにも近代の小説を知らないのはまずかろうと、いろいろ読みました。漱石の作品で読んでいなかったものなど、名前は知っていたけれど読んだことのないものに目を通しましたね。
――課題図書をこなすような読書ですが、楽しかったですか。
奥泉:課題図書をこなす読書は学者時代に慣れていますから(笑)。面白い本もありましたよ。谷崎潤一郎の『細雪』は、なんで面白いのか分からないけれどさすがに面白かった。手放しですごいと思ったわけではないけれど、埴谷雄高の『死霊』とか。野間宏の『青年の環』はあまりに長くて途中で挫折したけれど、大西巨人の『神聖喜劇』とか。
――大長編に挑戦していたんですね。そういう読書体験は知識にもなるだけでなく、やはり執筆にも影響が?
奥泉:読むことを通じて技術的にも得るものはあると思いますが、なにより、自分が面白いと思う小説をどれだけ持てるかということが、作家にとって命だと思うんです。作家はそれのみが財産といっていい。面白いなと思ったもの、感動したものを今度は自分の手で再現しようとすることが書くことの動機だと思うんです。音楽だって、他のジャンルだってそうだろうけれど。
――誰も書いたことのないものを書いてみたい、という動機とは違うんですね。
奥泉:それもありますけれど、自分が言葉を発明できるわけではないので、何かに似ないということはあまりないと思います。オリジナリティをひたすらに追求していくというようなロマン主義は僕にはないですね。誰も書いたことのないもの、というのは我々の知っているものから孤立して離れている、新しいものということですから、ちょっとイメージできない。自分が書くものは過去に書かれたものの再現であると思っています。再現するといっても、そこには何かしら新しいものが含まれる。
そういう意味ではポストモダンですよね。20世紀初頭にはリアリズムと、リアリズムのアンチとしてのモダニズムという構造があったけれど今はもうない。どちらもひとつのスタイルになっている。リアリズム以前のものもひとつのスタイルとして、どれも横並びに僕には見えますね。
例えば今度出した『東京自叙伝』も、福沢諭吉の『福翁自伝』というものを読んだのが決定的でした。これが面白かった。勝海舟の父親の勝小吉の『夢酔独言』という明治初期に書かれた幕末維新の聞き書きものも読みました。江戸末期から明治にかけてのいろんな書き手のものの文体が好きで、自分でもあの音色を奏でてみたいと思って書いたんですね。『「吾輩は猫である」殺人事件』なんてそのまんま作品の影響がありますよね(笑)。でも影響を受けたものが単一作品というものは珍しくて、たいてい複数のものから影響を受けています。
――さきほど半村良さんのお名前も挙がりましたが、奥泉さんの作品を読むとSFの影響もあると思うのですが。
奥泉:ああ、SFも好きで読みました。日本人作家では小松左京、筒井康隆といったいわゆる60~70年代に活躍したSF作家がものすごく好きでした。そこから東京創元社や早川書房の海外のSFも読むようになりました。オーソドックスなものになりますが、J・P・ホーガンやアーサー・C・クラーク、スタニスワフ・レムやフィリップ・K・ディック、ロバート・ハインライン。最近だとグレッグ・イーガン。ブライアン・W・オールディスの『地球の長い午後』なんかも読みました。
海外ミステリも好きでしたね。こちらもオーソドックスなものになりますが、ディクスン・カーやクリスティー、ドロシー・セイヤーズ。いちばん好きなのは、推理作家はみんな好きだと言うと思いますが、アントニイ・バークリイの『毒入りチョコレート事件』。ケメルマンの『九マイルは遠すぎる』や『金曜日ラビは寝坊した』の「ラビ」シリーズ、レジナルド・ヒルのダルジール警視ものも好きです。こうしたジャンル小説はすごく好きですね。
――歴史や戦争関連の本もお読みになっていると思いますが。
奥泉:新書などもよく読みます。一貫して追い続けているのは江戸から近代・現代史。近代というとあまりにも幅広いですが、その時々によって関心の中心点がちょっとずつ違う。最近は戦後史で、丸山眞男や大塚久雄を読み返したりもしました。官僚制がどのように推移してきたか、今のシステムはどうなっているのかも気になります。国家組織の命令体系に興味があるのかもしれません。日本銀行なんかも興味深いですね。以前は太平洋戦争の頃の日本の陸軍や海軍に関心を持った時期もありました。
永江朗さんと対談した時に教えてもらったんですが彼の読書法は、「今年は○○を読む」と決めるんだそうです。「今年は源氏物語を読む」とか「ドン・キホーテを読む」とか。ずっとそれだけを読み続けるわけではありませんが。それで自分も、「今年は日本の哲学を読む」と決めて大森荘蔵を読んで面白いなと思ったり、「今年は戦後思想を読む」と決めて竹内好を読んだり。もちろんそこから小説の発想を得ることもあります。