第164回:東山彰良さん

作家の読書道 第164回:東山彰良さん

この7月に1970年代の台湾を舞台にした『流』で直木賞を受賞した東山彰良さん。台北生まれ、日本育ちの東山さんはどんな幼少期を過ごし、いつ読書に目覚めたのか? さまざまな作風を持つ、その源泉となった小説とは? その読書歴や、作品に対する思いなどもおうかがいしています。

その5「枠組みが破壊された道を行く」 (5/5)

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――さて、小説の執筆時間はどういう風にとっているのでしょうか。朝型ですか、夜型ですか。

東山:完璧に朝型ですね。年をとって目が覚めるのが早くなったんで、7時半とか8時から書いています。お昼ぐらいまで書いて、夕方ちょびっと書いて、あとは酒を飲んで。

――それにしても、いろんな傾向の作品を書かれていますよね。ミステリあり青春小説あり、ラブコメあり、ジャンル分け不能なものがあり...。

東山:僕は区分というものを考えていなくて、文学にしろ音楽にしろ、すべては大衆文学だし、すべてはポップスだと思っているんです。ポップスの中でもうるさいやつをヘビメタと言ってみたり、高尚なものをクラシックと言ってみたりしているという感覚です。結局、大衆が楽しむためのものなので。小説でいうと、日本では大衆文学と純文学に分かれているので、マジック・リアリズムみたいなものを導入すると「自由だ」みたいな印象を受けるかもしれませんが、でも、すべてが大衆文学だと考えると、全然当たり前のように思える。なんでもアリです。
たとえば、マルケスの本を日本に持ってきて何か国内の賞を与えようとしたら、どの賞がふさわしいのか。ピンとくる賞がないんですよ、あんなにすごい小説なのに。でも、彼は形式とかにこだわらず、自分の書きたいように書いていただけだと思うので、僕もそうでありたいな、と。意識して枠組みを取っ払うとか打ち壊すというつもりはないんです。僕にはもとから枠組みがないんです。たとえばブコウスキーは既存の詩の形式を打ち壊そうとして、明確な意識を持って分かりやすい言葉で詩を書いている。でも僕に関していえば、先人が切り開いた道を行っているだけ。すでに枠組みが破壊された道を行っているだけなんですよね。

――確かに、東山さんの『ブラックライダー』などはとても自由ですよね。一度終末を迎えた後のアメリカ西部から南部が舞台。食糧生産が途絶えて人肉食が蔓延し、ようやくそれを禁じる法律ができて3年後の話。馬泥棒や保安官、人と牛の遺伝子をかけあわせた子やらが登場して、独創的で奇怪で壮大で壮絶な物語世界が広がりますね。

東山:『ブラックライダー』は自分の中でもすごく達成感があって好きなんですけれど、「無理だ」と言う人と「好きだ」という人に分かれますね(笑)。そもそもは自転車に乗っている時に、最初に引用しているスティーヴン・クレインの詩がぱっと頭の中に出てきて、「この詩にふさわしい小説を書きたい」と思ったんです。詩が"The Black Riders and Other Lines"というタイトルなので、タイトルもそれにして。

――〈荒野で/一糸まとわぬ獣じみた生き物を見た/それは地面にうずくまり/両手で己の心をつかみ/喰らっていた(後略)〉......という詩ですね。この作品の続篇の予定もあるとうかがっておりますが。

東山:前日譚を出す予定です。あの世界観は、もっともっと書きたいくらい。たとえば舞台をアジアに移したり、日本にしてみたりして、黙示録の四騎士を出してみたい。「ブラックライダー」だけでなく「ホワイトライダー」、「ペールライダー」や「レッドライダー」が......って、そこまではまだ全然何も具体的には考えていないです。

――さて、本年は『流』で見事直木賞を受賞されました。1975年から始まる、台北の高校生秋生の物語ですが、祖父が何者かに殺されるという事件も起きます。ただ、基本的には青春小説を描こうと思ったそうですね。

東山:そうです。ケンカあり、恋愛あり、友情あり、といったベタベタなものを書こうと思いました。ただ、やっぱり縦糸があったほうがいいと思ったんですよ。そのほうがだらけなくて、最後まで読んでもらえるかなと思って。たとえばキングの『スタンド・バイ・ミー』だって青春小説ですが、みんなで死体を見に行くという目的が物語を動かすでしょう。

――最後に真相が分かる時に、刹那的な青春のきらめきと、その背後にある大きな時間の流れや家族の歴史の重みが、対照的に立ち上がってくるんですよね。こんなすごい小説を、最初は練習のつもりで書いたそうですね。

東山:ここまで長くなると思っていなかったんですよ。長くなったので、まず父親と母親に読んでもらって、それから編集者に読んでもらったら、刊行することになりました。
母の反応は最初からよかったですね。父は、あんまり人を褒めないんですけれど、不愉快ではないようでした。「当時はこうじゃなかった」とか、事実関係をいくつか指摘されましたね。「ケンカの時はナイフじゃなくて、定規を削って尖らせたやつを使った」とか。

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――ああ、あの場面ですね(笑)。巻頭と、作中にも出てくる詩は、東山さんのお父さんが実際に台湾にいた頃に発表した作品だそうですね。それを引用していることについては、何かおっしゃっていませんでしたか。

東山:それは何も言ってなかったです。「使っていいよ」と言って、その詩が載っている、台湾で出した本をくれました。父は若い時に詩集や散文をいろいろ書いていたんですよね。日本の大学では中国の民俗学や少数民族の神話や生活風習などを教えていて、学部では中国語を教えていました。もう退官したんですけれど。

――『流』が受賞していろんなインタビューを受けているうちに、書こうと思っていたお祖父さんの物語のヒントも得たそうですね。

東山:そうそう、そうなんですよ。軍人だった母方の祖父の話を書こうと思っています。形式はもう頭のなかにあるので、台湾に帰っていろいろリサーチして裏をとって、縦糸をぴしっと決めることができたら、やってみようと思っています。

――では、近々の刊行予定といいますと。

東山:漫画の『NARUTO』の小説版、『NARUTO ド純情忍伝』というのを8月に出したところで、今月は参加したミステリー・アンソロジー『激動 東京五輪1964』が出ました。東京オリンピックがテーマになっていて、大沢在昌さんや今野敏さん、藤田宜永さんたち、名だたる先生方とご一緒しています。『ブラックライダー』の前日譚は年が明けてからになりますね。タイトルは決まっているんですが、まだもうちょっと内緒にさせてください(笑)。

(了)