第165回:羽田圭介さん

作家の読書道 第165回:羽田圭介さん

この7月に『スクラップ・アンド・ビルド』で見事芥川賞を受賞した羽田圭介さん。そのぶっちゃけすぎる言動でも今や注目を浴びる存在に。そんな羽田さんに影響を与えた小説、作家を目指したきっかけ、そして高校生でデビューしてから現在に至るまでの道のりとは?

その5「著作&今後について」 (5/5)

  • 不思議の国の男子 (河出文庫)
  • 『不思議の国の男子 (河出文庫)』
    羽田 圭介
    河出書房新社
    616円(税込)
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  • スクラップ・アンド・ビルド
  • 『スクラップ・アンド・ビルド』
    羽田 圭介
    文藝春秋
    1,296円(税込)
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――さて、デビュー後はご自身と同じ世代の話が続きましたよね。さきほど学校帰りにマクドナルドで下ネタ談義をしていたとおっしゃっていましたが、それは第二作の『不思議の国の男子』につながりますよね。これは文庫化で改題される前は『不思議の国のペニス』というタイトルでしたけれども。その後『走ル』や就職活動の話の『ワタクシハ』とか...。でも少しずつ扱うテーマが変わっていきますよね。

羽田:『不思議の国の男子』というタイトルは日和ったと思うんですよね。電子書籍にする時にやっぱりタイトルを元に戻してくれないかと言ったんですけれど、表紙を替えるのが大変らしくて。タイトルの「男子」に「ペニス」ってルビをふるという案も出ましたが、それはそれでややこしいのでやめました。
専業になってしばらくは、会社員時代に停滞していた小説を形にしていけばよかったので、そんなに迷いはありませんでした。でも専業になって数年経つと、やっぱり、きっかけって何もないなって思ったんです。それで数年間は結構悩んだりしました。3年くらい前までですね。

――きっかけというのは。 

羽田:本を出しても全然話題にならないし、買ってもらえない、増刷がかからない。書店に置いてすらもらえなくて、読んでもらうきっかけがなかったんです。新刊を出しても新宿紀伊國屋本店だけに置かれて、他のリアル書店では全然置かれていないという感じでした。芥川賞を獲るか、映像化されるか、テレビで本が紹介されるかしかしないと誰の目にも留まらないんだろうなって思っていました。

――いろいろな賞の候補にはなるけれども受賞には至らなかった頃、男女の心理戦が展開する『隠し事』や『盗まれた顔』を書いたわけですね。『盗まれた顔』は大藪春彦賞の候補にもなった警察小説ですが、書くジャンルを替えようとしたのでしょうか。

羽田:『盗まれた顔』は街で手配犯の顔を捜す見当たり捜査というのが自分のテーマに合っているなと思って書いたものなので、別に分類としては警察小説に分けられても、自分のテーマから外れているわけではないですね。それも話題にならなくて、もう芥川賞を目指すしかないか、と思って書いたのが「トーキョーの調教」というSM小説で、『メタモルフォシス』に入っている中篇です。それが一番、芥川賞を狙って書いた作品なんです。執筆、直しも含めて2年くらいかけて書いたんですけれども全然候補にならなくて、書評にも書かれなくてスルーされたんですけれど、それを単行本化する時に枚数が足りないから抱き合わせで何か書けと言われて書いたのが、また別のSM小説「メタモルフォシス」で、これが芥川賞の候補になって。で、「すぐ落ちるだろう」と思ったら意外と健闘したんです。芥川賞を狙わずに書いた「メタモルフォシス」が善戦したということで、わりと自分の中で安定した感じが生まれました。

――世に蔓延する価値観を否定してSMに没頭していく男が出てくるのが「メタモルフォシス」。主人公が見当違いな一点突破を目指す馬鹿馬鹿しさが色濃く出ていますが、それは今回芥川賞を受賞した『スクラップ・アンド・ビルド』にも通じていますよね。

羽田:そうですね。『スクラップ・アンド・ビルド』は「メタモルフォシス」と方法論が同じ作品なんです。「メタモルフォシス」の方法論があったので、『スクラップ・アンド・ビルド』はあの枚数としては、僕のなかでは一番苦労しないで、一瞬で書けたんです。なんの産みの苦しみもなかったです。だから『メタモルフォシス』のほうが不当評価されている気がして。初版が4000部で受賞後1000部増刷して5000部なんですが、一方で同じように書いた『スクラップ・アンド・ビルド』が16.5万部とかなので。やっていることは変わらないのにそんなに数字が変わるんだという。

――受賞作ですし、多くの人にとってはSMより介護のほうが身近ですし。『スクラップ・アンド・ビルド』は「もうじいちゃんなんか早う死んだらよか」とこぼす祖父が本当に死にたがっていると思い込んだ主人公が、手厚く介護することで身体を弱らせようとする。実際にご両親が介護をされているとか。

羽田:母方の祖母が両親のところに数年前から住んでいるんです。週末の夕飯時に行って、介護される祖母の愚痴を30分くらい聞いて夕食食べて、その後は介護する側の母の愚痴を聞くというのを2~3年やっています。それとは別に、若者世代と老人世代が対立している、みたいな論調を見聞きするので、そのふたつを繋げて考えてみたんです。世間でみんな極論ばかり言うようになって、価値観の異なる人の声を聴こうとしない人が増えたなとも感じていて。何か、自分のまわりにないものを新たに知ろうとしなくなってきているのは、ちょっと危ないなって思うんです。それで、異なる価値観の孫と祖父が同じ屋根の下に暮らしていたらどうなるだろうと思って書いてみました。

――その様子をシリアスに書くのではなくて、本当に噴き出してしまような馬鹿馬鹿しさを交えて描くのはどうしてですか。

羽田:介護といったら、近代日本文学の病気文学の流れもあるわけで、お家芸である訳ですよね。病気文学っていうお家芸は湿った感じになりやすいですが、実際の生活は、身も蓋もないカラッとした感じで進んでいくものじゃないのか、というのがあります。それに、共感とかに頼らず、必要以上の被害者意識なしに小説を書きたいと思っているので。マイナスのところからゼロに行く小説より、ゼロのところからプラスに行く小説を書きたいと思うと、わりと馬鹿みたいな感じの筆致にならざるを得ないですね。そうやっていくと、介護には大変なイメージがあるけれども、わりとカラッとした笑える感じになるのかなと思います。

――ひとつのことにこだわりすぎて妙な方向に行く主人公というのは、『黒冷水』の頃から変わらないですね。

羽田:同じですね。視野の狭い人が何か間違っているかもしれないことをすごく一生懸命やるっていう話を書いていますよね。どの人物も、論理とか道徳をきっちり作りたがって、それで視野が狭くなるんですよね。変に道徳的なんだと思います。

――羽田さんご自身、きっちりルールを守って生活していそうですが、執筆時間や読書時間などは決まっていますか。

羽田:芥川賞を獲る前の話だと、まず朝食を摂って、朝8時から午後1時までは執筆します。午後はだれることもあるので、日によって違います。それで、夕飯後の午後8時から12時くらいまではまた小説。そこが一番集中してできます。読書は集中力が途切れた時や、午後のだれている時間にしますね。受賞後はテレビの収録の仕事が入ってきたりして、最近はちょっと違うんですけれど。

――テレビは持たず、筋トレは欠かさず、食事も大量に作り置きして消費していく......というのは受賞後のテレビ番組などで何度も紹介されていますよね(笑)。

羽田:小説の直しがうまくいかない時に気分転換として筋トレしますね。べつに身体を鍛えたいわけでもないんです。テレビは半年くらい前に引っ越した際、どうせ見ないし、部屋においてあっても美しくないなと思って処分しました。

――さて、今は執筆以外でもお忙しいとは思いますが、今後の小説の発表予定はいかがですか。

羽田:『群像』に長いものが何号かに分けて掲載される予定で、その原稿の手直しをしなくちゃいけないのに、今時間がなくて...。『文藝』に載せる予定の中篇も手直しをしないといけないんです。それと、実業之日本社の『紡』という雑誌に載せていた連作中篇があって、それも単行本化に向けて直しの作業をしないと......。どれが先になるのかは、ちょっと今は分からない状態です。

(了)