第167回:初野晴さん

作家の読書道 第167回:初野晴さん

デビュー作『水の時計』をはじめ、ファンタジーとミステリを融合した独自の作品で人気を博す一方、『退出ゲーム』にはじまる青春ミステリシリーズも好評でこのたびアニメ化もされる初野晴さん。その世界観の発芽はどこにあったのか。雑読多読の初野さんの読書方法も興味深いものが。

その5「最近の読書もノンフィクションから古典まで」 (5/5)

  • 日本コウモリ研究誌―翼手類の自然史 (Natural History Series)
  • 『日本コウモリ研究誌―翼手類の自然史 (Natural History Series)』
    前田 喜四雄
    東京大学出版会
    22,801円(税込)
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  • 日本書紀(上)全現代語訳 (講談社学術文庫)
  • 『日本書紀(上)全現代語訳 (講談社学術文庫)』
    講談社
    1,264円(税込)
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  • この世界が消えたあとの 科学文明のつくりかた
  • 『この世界が消えたあとの 科学文明のつくりかた』
    ルイス ダートネル
    河出書房新社
    2,484円(税込)
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――デビュー後からの読書生活はいかがですか。

初野:どんなに忙しくなっても時間を作って読んでいました。もともと本好きというのもありましたが、営業職って目上の人に可愛がられてなんぼの部分で、そのとき武器になるのが雑談なんです。自分の言葉で話すことが大事で、ネットからの借りものの知識は必ず人が見抜く。世間は自分が思っているほど甘くない。とにかく本を読んで知識を定着させて、自分の言葉で話せるよう努力しました。
自分の著作には五冊から十冊の参考文献を載せているのですが、執筆のために読んだわけではありません。今まで読んできたものの中から、使えると思って読み返したものが多いんです。だからデビュー作から続いている参考文献の記載は自分の読書歴でもあります。自分はあとがきを書かない小説家なので、参考文献から普段の読書生活を読み取っていただければと思います。

――ドキュメンタリーやノンフィクションが多いですが、資料ではなく趣味で読んできたんですね。

初野:好奇心からくる趣味です。また、優れたドキュメンタリーやノンフィクションを読んでいると、それまで形にならなかったアイデアが活字として急に落とし込めるときがあります。
たとえば『惑星カロン』の参考文献にある『日本コウモリ研究誌』というのは、商店街の人と仲良くなって、日本の三大害獣はネズミとゴキブリとコウモリだとうかがい、コウモリは住みつかれると糞害が厄介なんだそうで、鳥獣法で駆除は禁止されているからどうしようもないねって話を聞いて、じゃあちょっと読んで勉強してみようかなと思って読んだのが、今回のプロットの中で活きています。

――へえ。参考文献には『全現代語訳 日本書紀』もありますね。

初野:『日本書紀』は腰を据えて読んでみたかったんです。もう一冊、『「ニートな子」を持つ親へ贈る本』も、主題とはまったく関係ありませんが、この本の印象的な一文からインスピレーションが湧いたのは事実なので載せています。良著でした。

――かと思うと『人口知能になぜ哲学が必要か フレーム問題の発端と展開』という本も参考文献にありますね。幅広く読まれているんですね。

初野:読んでいます。いまイチオシのドキュメンタリーの新刊は『この世界が消えた後の化学文明の作り方』です。ルイス・ダートネル著、河出書房新社です。これが面白くて。サバイバル本は世にたくさんありますが、これは文明をイチから起こす話なんです。人口が六十人、七十人いて、もう一回文明を再興するのになにが必要か。機織り機を作るために何が要るか、とか、風車を使うとか、そういう科学の話であり、国を興す話なんです。今、何度も何度も読んでいます。

――何度も何度も? どんな読み方をされるんですか。メモをとるとか...。

初野:自分で買ってきた本に関しては、ごめんなさい、書き込みます。これも営業時代に学んだことなんですけれど、三色ペンを使います。重要箇所は赤で線を引く。青は少しランクが下がる感じで。最初は付箋を貼っていたんですけれど、自分の中でエレガントじゃないのでやめました。なぜなら思考って頭だけで完結すると思われがちですよね。手で考えるんです。勉強ができる人は、考えるときに手も速く動いているんです。頭だけで考える人は、ある種の白昼夢に陥っている状態ともいえるかもしれません。もちろん、人に貸したい本、保存したい本は、別に買います。
それとこれも言うと怒る人がいるかもしれませんが、自分専用の本は中央くらいを開いて、背表紙が柔らかくなるくらい、ぐっと押します。そうするとめくりやすくなるし、片手で読むのにも便利なので。これ、本が傷むといって嫌がる人多いんです。でも自分のお金で買った本は、自分のものですから。

――読むのははやいんですか。

初野:はやいです。友達に訊いたら頭の中で音読しながら読んでいると言うんですが、僕は音読はしません。目で読んでいますね。テレビに出る速読の人ほどじゃないですが。

――一日のなかで執筆時間や読書時間は決まっていますか。

初野:できるだけ長く執筆机に座ろうと心掛けています。書けないときに気分転換をしても無意味で、結局パソコンの前で地道に考えないとアイデアが出てこない。だからずっと座って、うんうん唸っています。

――ハルチカシリーズとノンシリーズを並行して書いていますか。

初野:そうです。シリーズものはあまり増やしたくないんです。だから2016年はノンシリーズも出します。まずは幻冬舎から。これは学園ミステリなんです。ミッション系の高校で、真夜中のトイレの個室で神父と迷える生徒が壁を隔てて、告解をする。光の神父と闇の神父がいて、闇の神父は夜中の告解室に現れるのみで、姿を一切見せない。もともとダイアローグが好きなので、これは存分に発揮していますね。
ハルチカでは書けないネタってあるんですよ。自分の中に「ハルチカコード」みたいなものがあって、たとえば生徒そのものが犯罪を起こしたりしないなど決めています。そういうコードとは関係のない学園ものを書くのは新鮮ですね。

――それ、シリーズ化しそうな匂いがしますが(笑)。

初野:本当ですか(笑)。とにかく、いろいろなジャンルの小説を書けるよう頑張ります。

――1月からのハルチカシリーズのアニメ化も楽しみですね。

初野:アニメを窓口にして活字に入ってくれる読者が増えるかもしれないから嬉しいですよね。自分は新本格作家の後を追ってデビューした身ですから、やっぱり新規読者をどんどん増やしていくことがこの業界への恩返しと思っています。すくなくとも自分のような中堅作家は、「読者は本格ミステリをたくさん読んでいるからなんでも理解してくれるはずだし、ここはこういうポイントなんですよ、気づいてください」という、一般読者を突き放したミステリは書くべきではない。これはどのジャンルでも言えることかもしれませんが。
そういった意味でハルチカシリーズのアニメ化はありがたい話で、「原作通りに書いてくれ」というような要望は特に出さなかったです。このシリーズは場面転換が多いわけでもないですし、そのままアニメにしても面白くなくなっちゃうんじゃないかと思います。 今回P.A.WORKSさんと橋本昌和監督と脚本家の吉田玲子さんがとても優秀で、絵コンテを見る限りは安心できる内容だなと思いました。もちろん、何百人と関わっている仕事ですから、全ての方に敬意を持っています。
やっとこれでKADOKAWAさんにも恩返しができて嬉しいです。やっぱりデビュー版元は特別です、自分にとっては。

(了)