第182回:塩田武士さん

作家の読書道 第182回:塩田武士さん

グリコ・森永事件に材をとった『罪の声』で話題をさらった塩田武士さん。神戸新聞の記者から作家に転身した経歴の持ち主と思ったら、実は学生時代からすでに作家を志望していたのだそう。大阪でお笑い文化に多大な影響を受けながら、どんな小説に魅せられてきたのか。影響を受けた他ジャンルの作品にもたっぷり言及してくださっています。

その4「小説家志望の記者生活」 (4/5)

  • ともにがんばりましょう (講談社文庫)
  • 『ともにがんばりましょう (講談社文庫)』
    塩田 武士
    講談社
    799円(税込)
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  • 坂の上の雲 全8巻セット (新装版) (文春文庫)
  • 『坂の上の雲 全8巻セット (新装版) (文春文庫)』
    司馬 遼太郎
    文藝春秋
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  • 針の眼 (創元推理文庫)
  • 『針の眼 (創元推理文庫)』
    ケン フォレット
    東京創元社
    1,404円(税込)
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  • 大聖堂 (上) (ソフトバンク文庫)
  • 『大聖堂 (上) (ソフトバンク文庫)』
    ケン・フォレット
    ソフトバンク クリエイティブ
    920円(税込)
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  • 巨人たちの落日(上) (ソフトバンク文庫)
  • 『巨人たちの落日(上) (ソフトバンク文庫)』
    ケン・フォレット,Ken Follet
    SBクリエイティブ
    950円(税込)
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  • 凍てつく世界 I (SB文庫)
  • 『凍てつく世界 I (SB文庫)』
    ケン・フォレット,Ken Follet
    SBクリエイティブ
    875円(税込)
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  • 永遠の始まり I (SB文庫)
  • 『永遠の始まり I (SB文庫)』
    ケン・フォレット,Ken Follett
    SBクリエイティブ
    950円(税込)
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  • ジャッカルの日 (角川文庫)
  • 『ジャッカルの日 (角川文庫)』
    フレデリック・フォーサイス
    角川書店
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――藤原伊織さんを読んで小説家を目指そうと思ってから、具体的にはどうされていたのですか。

塩田:『テロリストのパラソル』を読んでから、乱歩賞を目指して書き始めたので、そこから12年間ありますね、投稿生活が。最初はミステリーのルールが分かってなくて、それまで一回も出てきてなかった奴が急に現れて犯人というのを書いて友達に「あきらめろ」と言われたりしました。

――小説家になろうと思いつつ、卒業後は神戸新聞の記者の道を選んだということですよね。

塩田:社会勉強のためですね。辞める気満々で入ったんで。

――なんと。記者なんて、そんな簡単になれるものでもないのに。

塩田:22歳の時から100冊くらいノートがあるんですけれど、最初から目次と日付を入れているんです。なぜかというと、作家になった時にすぐに引けるようにするために。インデックスですよね。記者としての取材も、作家活動のために使おうと思っていました。取材も、警察、裁判、市政、芸能、クラシック音楽、囲碁将棋、演芸など、自分から希望してあらゆる世界でツテを作っておこうと思っていました。記者として生きていくつもりはないという不純な動機で入社していますが、採用試験の面接でも僕があまりにジャーナリズムについて語らないので、最終面接で社長に「君はなんで残ったんや」「あまりに頼りない」と言われました。「ここまで来て落とすのは忍びないから、首の皮一枚でつながったと思って頑張りなさい」って。だから、ある程度バレていたかもしれません。
でもね、そうやって作ったノートなんですけれど、開いて目次を見ても、僕の字が汚くて4割しか読めない。役に立たないんですよ(笑)。

――何年経験したら辞める、などと決めていたのですか。

塩田:10年以内にデビューすると決めていて。8年でデビューして、丸10年きっかりで辞めました。その頃労働組合にいたので、労働組合の小説を書くのに会社におられへんと思って。

――『ともにがんばりましょう』のことですよね。ところで、資料には記者時代の読書のところに「挙げればきりがなく」と書かれているので、お忙しい中相当読まれたんですね。

塩田:山崎豊子、松本清張はもちろん、ここからはじめて司馬遼太郎さんたちの時代小説を読むようになりました。勉強というよりも、面白かったからです。時代を超えてもちゃんと人間を書けばこんなに面白いのかっていう。『坂の上の雲』なんかを書く時も、ロシア語の単語の勉強から始めたと知って、すごい努力や、と思って。山崎さんも司馬さんも新聞記者出身の小説家。横山秀夫さんもそうですよね。そういう方たちの物事を詰めていく感覚っていうのは心地いいなと思いました。池波正太郎さんは戯曲家らしく、会話がうまいんですよね。エッセイも粋やなあと感じます。それと藤沢周平さんは"優しさ"ですね。最終的にこういう優しい小説っていいなと思います。浅田次郎さんも読みました。もう言わずもがなというか、素晴らしい。幅広く書かれてらして、人生経験もすべて活かしきっているところも粋だなと思います。大作家です。横山秀夫さんもすごいですよね。短篇の『第三の時効』も『動機』も、もうしびれました。これを書こうと思いついても「ああ、横山さんにもう書かれている」というのもあります。横山さんも僕も地方紙の記者ということで、目の付け所が一緒というか、横山さんの影響は大きいです。

――ケン・フォレットの名前も挙がっていますね。『針の眼』とかですか?

塩田:そうですね、『針の眼』とか『大聖堂』も好きですし、最近の百年三部作が好きですね。『巨人たちの落日』『凍てつく世界』『永遠のはじまり』。やっぱり面白かったです。展開もうまいし、ちゃんと調べてはりますね。『ジャッカルの日』とか『オデッサ・ファイル』のフレデリック・フォーサイスもうまいです。確か実際にスパイだったんですけれど、その経験が活きていますよね。グレアム・グリーンも元スパイのイギリス人で、情報局のやり取りがリアルだし、イギリス的なのか皮肉と陰湿さみたいなものがあって、そこがいいんです。ジャック・ヒギンズの『鷲は舞い降りた』は完璧な小説だと思っています。まずドイツのチャーチル誘拐というありそうな設定。休暇の一瞬の隙をついて誘拐するという計画を立てるんですが、ドイツ人たちがナチスのやり方に反発をおぼえながらもそう生きるしかないというなかで、それぞれの立場で計画を遂行いていく。使命感がすごいんですよ。英語のタイトルも格好いいし、それをそのまま訳した邦題も格好いいし、すべてが完璧で、でも映画は観て全然面白くなかったです。

――この頃に読んだノンフィクションもエッセイも限りがないということですが。

塩田:そのなかでひとつ挙げるとしたら『一条さゆりの真実』です。絶版になっていて僕も古本で買ったんですけれど。一条さゆりという伝説のストリッパーがいて、彼女が学生運動の闘士として祭り上げられるんですよ。反権力の象徴みたいな感じで。昔、ストリップは全部は見せなかったのに一条さんは全部見せたんですよ。それが規制、権力に対する姿勢ということで祭り上げられた。本人に思想的なものなんか何もない。なのに映画まで作られて、時の人になる。でも学生運動がだんだん下火になっていって、彼女も生きていく術を失って、最後に大阪の西成に流れ着く。亡くなるまでの最後の5年間、日雇いの人たちが暮らしている、集合住宅に住むことになるんです。そこに、この著者である加藤詩子さんは同居するんです。カセットテープ160本分、会話を録音している。信頼が深まって「じつは息子がいて」「こういう人たちに今も支えられていて」という話もしてくれるようになるんですけれど、亡くなった後にノンフィクションを書こうと思って裏付けしていくと、ほとんど嘘やったんですよ。全部、小さな見栄を張るために嘘をつき続けていたんです。それが切ない。これは夢中になって読みました。

――この頃に読んだ漫画など、他のジャンルのものといいますと...。

塩田:『影狩り』『無用ノ介』でさいとう・たかをさんの凄さを改めて知るというか。これは両方時代ものですね。だんだん漫画も読まなくなっていくんですが、それでも読むのはさいとうさんとか、古い漫画です。バラエティ番組も不思議と見なくなりました。「M-1グランプリ」など完成されたネタを見せる番組は見ますけれど、規制が厳しくなってるせいか、お笑い番組に興奮することが少なくなりました。
ドラマは「白い巨塔」と「砂の器」。「砂の器」は渡辺謙さんがすごくよかった。「白い巨塔」は平成版のもの。田宮二郎さんが出ていたのもよかったので、それぞれの良さがあると思います。ただ、平成版を見て、原作の山崎豊子さんは本質を書いたんだなと改めて確認できました。山崎さんでいえば「華麗なる一族」もよかったですね。ドラマは最近だと「ダウントン・アビー」の作り込みがよかったなって。タイタニックが沈没する時期からの、イギリスの貴族の没落を描いているんです。僕はDVDで観ました。
映画は「善き人のためのソナタ」が名作でした。ラストまで完璧なんです。東ドイツの、盗聴の話です。

――記者として働きながらこれだけ読んでみて、小説の投稿も続けていたわけですよね。すごいエネルギー。

塩田:あんまり休みがなかったですね。その経験をもって、熱量があればなんとでもなるってことを身をもって思いました。締切までに書くとなったら休日も全部潰して書きますし、それが呼び出しで潰れることもありますし。

  • 鷲は舞い降りた (ハヤカワ文庫NV)
  • 『鷲は舞い降りた (ハヤカワ文庫NV)』
    ジャック ヒギンズ
    早川書房
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  • 『影狩り (10) (リイド文庫)』
    さいとう たかを
    リイド社
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  • 無用ノ介(ワイド版) 1 (SPコミックス)
  • 『無用ノ介(ワイド版) 1 (SPコミックス)』
    さいとう たかを
    リイド社
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