第200回:白岩玄さん

作家の読書道 第200回:白岩玄さん

『野ブタ。をプロデュース』で鮮烈なデビューを飾り、その後着実に歩みを続け、最近では男性側の生きづらさとその本音を書いた『たてがみを捨てたライオンたち』が話題に。そんな白岩さん、実は少年時代はほとんど小説を読まず、作家になることは考えていなかったとか。そんな彼の心を動かした小説、そして作家になったきっかけとは?

その3「あの人の受賞を知って執筆開始」 (3/6)

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――では、小説を書き始めたきっかけは何だったのでしょう。

白岩:日本に帰ってきて「どうしようかなあ」と自分でも焦りを感じている時期に、綿矢りささんが19歳で、金原ひとみさんが20歳で芥川賞を受賞したんです。高校時代にも1回読んだことがある人が、ああいうところですごく注目されているのをニュースで見た時には衝撃を受けました。たぶん嫉妬もあったんですけど、「こんな生き方もあるんだ」と教えてもらったようなところもあって。その時の僕の中でのとらえ方は「文章を書いて社会の中で評価されている人たちがいる」というもので、「ああ、じゃあ小説を自分もやってみよう」と、そこではじめて思いました。なにせ「京都で3位」ですから「自分もいけるんじゃないか」っていう(笑)。それは小説の世界とか、本の世界をまったく知らないから持てた自信ではあるんですけれど。翌日から小説を書きだしました。1回旅行記で小説っぽいことを書いているから、要はあれを物語にすればいいんだろってくらいの感じでした。
それで、芥川賞の発表が1月だったんですよね。文藝賞の締切が3月末だったんですけれど、その文藝賞も「綿矢さんが『インストール』でデビューした賞」ってことしか知らなくて、そこに応募したら、拾ってもらえたんです。

――生まれてはじめて、しかも2か月ほどで書いた小説が文藝賞受賞のデビュー作『野ブタ。をプロデュース』だったというわけですか。あんな面白いものをいきなり書けたっていうのが本当にびっくりです。

白岩:当時も出版社の人に「天才ですね」って笑われました。「頭おかしい」とも言われて(笑)、そこの部分は、本当にそうだなって。
なんでしょうね、暇だったんで、時間が山のようにあったんです。だから毎日、コツコツとパソコンに向かって書いたんです。何か作っているのが楽しかったんでしょうね。無心で書いていたし、はじめてのことに挑戦する人が出す独特の粗っぽさとかも、エネルギーとしてうまく出てくれて、すべてがうまくはまって受賞できたんだと思います。だから、僕は小説がどうとかではなく、文章を書くのが好きっていうのだけで作家になったんです。僕、よく言うんですけれど、デビューするまで村上春樹さんを知らなかったですし。

――どうしたらこの世の中で村上春樹の名前を耳に入れずに生きてこられたのか、そっちのほうが不思議です。

白岩:だって、映画監督の名前を知らない人だっているじゃないですか。きっと今、是枝裕和監督の名前を知らない人だっているでしょう。そういう人と同じ感覚だと思います。本当に本を好きな人たちにしてみたら信じられないかもしれないけれど、一般の人ってそういう感覚だと思うんです。 小説を書いて応募して、専門学校にいる間に「受賞しました」という連絡をもらって、編集者に「2作目はもう書いてますね」と言われて、「えっ、2作目とかあるんだ、やばい」って焦りました。「もちろん書いてます」と言いましたけれど(笑)。それくらい、僕は広告業界に進む気満々だったんです。でも『野ブタ。をプロデュース』があんまりにも世の中で受け入れられて、広告に似た届き方を実感しちゃったんでしょうね。「ああ、こっちの世界もいいな」って、欲に負けたというのが正直なところです。

――そこから小説2作目を出すまでにちょっと間があいてますよね。

白岩:『野ブタ。をプロデュース』を出した後の22歳とか23歳の頃、2作目が全然書けなかったんです。それは挫折でした。このままでは駄目だ、さすがに小説を読まないと、と思ったし、編集者にも「読んだほうがいいよ」と言われて、はじめてそこで本を買って読みだしたんです。
その時に同じ文藝賞出身の羽田圭介君の『黒冷水』だったりとか、中村航さんの『リレキショ』だったりとかを実際に読んで、「ああ、小説ってこんななんだ」って。実は失礼な話ですけれど、選考委員の角田光代さんや高橋源一郎さんの本も、デビューした後で読んだんです。

――文藝賞周辺以外では、どういう本を選んだのですか。

白岩:名前を聞いたことのある人の本を手あたり次第買いました。業界に2、3年いるうちにお名前が耳に入ってきた方、いわゆる有名な方たちです。山田詠美さんとか、村上春樹さんとか。中でも、山田さんの『風葬の教室』や『ぼくは勉強ができない』は衝撃でしたね。『野ブタ』と同じ学校を舞台にしたもので、こんなにも面白いものを書く人がいたんだ、という感じでした。自分が書いた学生とは違う種類の姿を書かれていますし、スマートさや奥行きが全然違う。理性だけで書いているわけでもないし、倫理観だけ押し付けているわけでもないしっていう絶妙なバランスがある。人物造形も絶対に自分には書けないような人物を書かれているし。あとすごく好きなのは、詠美さんの本って登場人物に対する眼差しにすごく愛があって、誰一人として「私は嫌いな人を書かないよ」っていう印象を感じるんです。嫌な奴もいるけれど、「私はこの人のことを見捨てないよ」っていうのがあって、使い捨てで書いているわけでないというか。そういうのを文章から感じるので、そこがいいなと思います。
春樹さんはそれこそ初期の『羊をめぐる冒険』とか『世界の終りとハードボイルドワンダーランド』とかを繰り返し読んでいました。何が好きかを聞かれるとうまく答えられないんですけれど、たぶん、喪失とか過去の傷とかについて書かれているものが多いので、その辺りが好きだったという気がしています。
そこではじめて「小説」というものの奥深さというか広さを実感して「こんなすごい人たちがめちゃめちゃいるやん」と驚いたわけです(笑)。「えっ、こんなのあるの」っていう作品が山ほど出てきて。いろいろ読んだなかで、特に「好きだな」って思ったのが、山田さんと村上さんでした。

――ところで、好きな本は繰り返し読むタイプですか。

白岩:無茶苦茶読みます。好きな本を繰り返しで読んで、新しい本にはなかなか手を出せないことも多いです。新しい本を手に取っても、「これを読み続けている時間がしんどい」と思うと止めてしまったりしますね。好きな本はそれこそ、30回、40回読みます。だから本当にボロボロになりますね。

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