
作家の読書道 第211回:又吉直樹さん
お笑い芸人として活躍する一方で読書家としても知られ、発表した小説『火花』で芥川賞も受賞した又吉直樹さん。著作『第2図書係補佐』や新書『夜を乗り越える』でもその読書遍歴や愛読書について語っていますが、改めて幼少の頃からの読書の記憶を辿っていただくと、又吉さんならではの読み方や考察が見えてきて……。
その7「最近の読書&新作『人間』」 (7/7)
――ここ数年で印象的だった本といいますと。
又吉:川上弘美さんの『真鶴』は何回も読み返して、それもやっぱり語りが好きで。読んでいるだけで気持ちいいという、いちばん好きなタイプの小説です。それでいうと今村夏子さんの『こちらあみ子』も好きでしたね。
――いろんなメディアでたくさん本を紹介されているなかで、ケン・リュウの『紙の動物園』や呉明益の『歩道橋の魔術師』など、海外の本も挙げられていますよね。そういう海外小説はどういうきっかけで読まれたのですか。
又吉:いただくことが多いんです。いただいて読んで面白かったら、いただきっぱなしは嫌やから、自分で買います。人にプレゼントもしますね。だから、だいたいどの本も自分の家に2冊ぐらいあります。
海外の作家を読むと、全然知らん土地の話ではあるけれど、自分もここのあたりの感覚はあるな、というのを見つけられる。そういうものを普遍的なものとして感じやすいですね。日本の小説を読むとかなり自分で補足してしまうんで、書かれていないことまで汲み取ってしまう。そういう読み方ももちろん面白いんですけれど、海外のものはまた違う読み方ができますね。ケン・リュウさんのようなSFを僕が紹介すると不思議がられるんですけれど、僕はもともと筒井康隆さんや星新一さんも好きなので。
――本を読む時、線を引いたりメモを取ったりしますか。
又吉:1回目は何もしないですね。普通に読んで、2回目で線を引きます。3色くらい使いますよ。赤ペンも青ペンも蛍光ペンも使います。最初は色分けを心掛けるんですが、途中で忘れてしまいます。文章としてすごいなと思った部分はこの色、この小説の中で重要な部分やなというのはこの色、お笑い的なところはこの色とか、分けようとするんですけれど......。後で絶対読み返さなあかんところは※印をつけたりもします。
――気に入った本はどれくらい読み返すのですか。
又吉:僕、だいたい2回か3回は普通に読みます。いちばん読み返したのは『人間失格』と芥川の『戯作三昧』とかかな。ああいうのは100回くらい読んでるでしょうね。
――さて、新作『人間』は若い頃に辛い思いをした主人公が、38歳になり、過去を振り返りつつ、現在を見つめる物語です。新聞連載でしたが、依頼があった時にどんなことをイメージされたのですか。
又吉:『火花』で青春時代を書き、『劇場』でも20代の頃を書きましたが、小説って青春時代を書いたものが多いですよね。『火花』で「僕たちはまだ途中だ」みたいな言葉を書いたんですが、青春時代が終わってその続きを生きているってことは、自分自身が物語から退場している状態なのか? と考えて。実は人生エピローグのほうが長いなとなった時に、当たり前なんですけれど、はっとしたんです。それを書いてみたいと思いました。その後の人たちがどういうことを考えて生きているんだろうと考えたのが最初です。だから若い頃に重大な出来事があった主人公の、その続きを書こうと思いました。登場人物たちを今の自分に追いつかせたいこともあって、この年齢設定になりました。
――今回もまた主人公をはじめ、物書きや芸人たち、何かを表現しようとする人たちが登場します。その設定にはどういう思いがあったのでしょうか。
又吉:『火花』と『劇場』を踏まえた上でその後というのを発想したので、表現者であることはずらさんほうが何か発見できそうやなって思いました。だから設定上絶対入れておきたいと思ったところではありますね。
――『人間』というのは、大きなタイトルですね。「僕たちは人間をやるのが下手なのではないか」をはじめ、人間という言葉も作中に何度か出てきます。
又吉:僕自身もあんまり人間をやるのが上手くないんです。それに、エピローグの時間の中で、人間はどうするのかなというのを考えたかったので。自分から見た、人間の一端を書けたらと思いました。
――『火花』『劇場』『人間』で三部作ともいえますね。では、今後はどのようなものを書かれるのでしょうか。
又吉:今までの3冊は、なんとなく、こういうテーマで書かなあかんという意識で書いてきたんです。僕の過ごしてきた環境から搾り取れるものを全部出そうという気がありました。ここからは、この3作を踏まえた上で、全然違うものを書くと思います。今、ふたつくらい書きたいことがあるんです。書くのはこれからなんですけれど。
(了)