『自生の夢』飛浩隆

●今回の書評担当者●ブックデポ書楽 長谷川雅樹

 お客様が「○○に関する本が欲しい」といったあいまいな形で本をお探しの際に、「なぜその本を必要としているのか」という"理由"の部分は、おすすめすべき本を正確にお探しするのにたいへん有用な情報ではあるものの、こちらからいきなりお伺いすることはしないようにしている。理由は簡単で、私自身がお客様の立場にたったとき、欲しい本を探すためだからとはいえ自分のプライベートなことまでいきなり店員に聞かれたらイヤだからだ。

 会話のなかでお客様ご自身から"理由"をお話いただくまでは、どんな内容の本を、どんな年齢の方向けに作られた本をお探しかということだけを繰り返し深く、何度も伺って、さまざまな可能性、書籍のタイトルをこちらから申し上げ、そのうえでお客様のニーズに合うであろう本をおすすめするように私はしている。もっと言うと、お客様に安心して「なぜその本をお探しなのか」をお話いただくようにすることが、接客として大切なことだと思っている。

 しかし私は一度だけ、その禁を破り「なぜその本をお探しなのか」ということを、思わずお客様にストレートに聞いてしまったことがある。

 それは、飛浩隆さんの『自生の夢』(河出書房新社)という本に関わる話だ。

『自生の夢』の搬入発売日、取次からの配本は2冊であった。売場に出した当日、1冊すぐに売れた。次の日午前中。もう1冊が売れた。つまり早々に売り切れである。大変失礼なことであり、また私の浅学さを告白するが、完全にノーマークだった。驚いてすぐ取次に注文をかけたが、この日の私は(言い訳にしかならないのだが)忙しく、この早い動きの理由がわからないままに、その日は仕事を終えてしまった。

 次の日、売場で新刊を出していると、文芸書棚の前で本をお探しのお客様がいらっしゃった。「何かお探しですか」と聞くと「飛浩隆さんの『自生の夢』を探しているのですが.....瞬間、心臓がドクンと鳴った気がする。正直言って軽く気が動転した。

『自生の夢』を待ち望んでいる方がこうしてたくさんいらっしゃるのに、本をあらかじめ必要数ご用意できていない。まずい。こうしてお客様からお問い合わせを頂いている凄い本なのに、自分はこの本の持つ凄さをまだ理解できていない。焦る。目の前のお客様はずっとお探しだった。在庫はない、申し訳ない。そして、あまりに私が知らなすぎているこの『自生の夢』という本のこと。知りたい、どうしても知りたい、今知りたいという感情が押し寄せ、ないまぜになった。

──そして、ついに、押し殺していた「なぜ」が発露してしまった。

「こちらの御本、発売からすぐ売り切れになってしまった大変人気の商品でございまして、今注文をかけており......申し訳ございません......。浅学なもので、大変失礼なお話なのですが、もし、もしよろしければなのですが、この御本をお客様をはじめ、多くのお客様がお探しになっている理由、また、この御本のことを教えていただけませんでしょうか......」

 今思い返しても、目の前のお客様にも、もちろん飛さんにも大変失礼な話である。「なぜ」と聞いたのは、後にも先にも記憶にないので許していただきたい。

 お客様のプライベートな内容なので詳細は書かない。しかし、お客様は奇異な私の質問にも笑顔で、飛さんの昔からのファンであること、飛さんの既刊本のすごさ、この「10年ぶりの短編集」をファンはみな待ち望んでいたことなどを、熱く、熱く、わたしにじっくりとお話してくださったことだけはお伝えできる。お客様の熱量に感激し、感謝したのと同時に、「10年ぶりの短編集」という大変な書籍を事前に把握できていなかった自分の未熟さを恥じた。出版社に注文を改めてかけ、仕事が終わってすぐ本書籍を買った

『自生の夢』。いままで味わったことのない世界観がそこにあった。繊細な言葉と文体。無限に広がるように感じられるイマジネーションと独創性。SFだの文学だのとカテゴライズしてはもったいないような、誤解を恐れずに敢えて言えば「特殊」な、お客様の仰る通り、凄い本だった。

 ほどなくして出版社より『自生の夢』10冊が届いた。私は「お客様に教えていただいた。10年ぶりの短編集。飛浩隆という天才を知らなくて、すみませんでした」という文言でPOPをつくり、平積みにした本書籍に飾りつけた。

 書店員はすべての書籍のことを知っていなければならない。そう本気で思っている。ジャンル外の書籍についても詳しくなりたいと思いながら日々を過ごしているのは、世に出回るその1冊1冊が、お客様にとって、著者にとって、大事な1冊だからだ。そして、お客様が本をお買い求めになるその数だけ、その"理由"がある。こちらからとりたてて聞くことはしないが、その理由ひとつひとつを、これからも大切にしたい。それが、書店がここにある意味なのだと、思う。

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ブックデポ書楽 長谷川雅樹
ブックデポ書楽 長谷川雅樹
1980年生まれ。版元営業、編集者を経験後、JR埼京線・北与野駅前の大型書店「ブックデポ書楽」に企画担当として入社。その後、文芸書担当を兼任することになり、現在に至る。趣味は下手の横好きの「クイズ」。書店内で早押しクイズ大会を開いた経験も。森羅万象あらゆることがクイズでは出題されるため、担当外のジャンルにも強い……はずだが、最近は年老いたのかすぐ忘れるのが悩み。何でも読む人だが、強いて言えば海外文学を好む。モットーは「本に貴賎なし」。たぶん、けっこう、オタク。