『悲しくてかっこいい人』イ・ラン

●今回の書評担当者●文教堂書店青戸店 青柳将人

 韓国文学が面白い。

 それは実際に近くの書店へと足を運んで見てもらえれば、その熱気はよく伝わってくるはず。文芸書売り場、特に海外文学コーナーにおいての韓国文学のシェア比率はどこの書店でも急増していて、多くの作品が面陳されているのを見かける事は少なくない。書店の現場を毎日見つめている側からすれば、これはめちゃめちゃ嬉しい変化だ。

 読者にとってみれば、値段が手頃で手に取りやすい文庫に比べて、文芸書を購入するのは非常にハードルが高いはずで、海外文学は尚更のことだろう。この韓国文学がもたらしてくれた追い風は、書店員としてだけではなく読者としても、とってもハッピーなニュースです。

 近年、文学だけではなく、映画や音楽等、様々な分野において韓国文化が日本で注目されているのは言うまでもない。その流行の波を作る一躍を担う中心にいるのは、やはり若い世代の作家達だ。彼等の生み出す作品には、同世代の日本国内の作家にはない重厚な濃密さや、一言では語れないような複雑な感情が蠢いているように感じるのは私だけではないはず。一つ一つの言葉が強く胸に刺さり、頭の中でリフレインしてしまうような強いメッセージ性を持っている。その根底には、若い世代が恋愛、結婚、出産、更には就職やマイホーム、そして夢までも手放さなければならない状況に追い込まれてしまう、社会的背景も少なからず影響しているのかもしれない。

 そんな世界的に大注目されている韓国の文学、音楽、映画、そしてイラストといった多岐に渡るジャンルで活躍しているアーティスト「イ・ラン」のエッセイが昨年の末に発売された。

 発売前から話題になり、どこの書店の棚や平積みでも見かける位にロングセラーとなっている本書には、マルチに才能を発揮している彼女の魅力が余すところなく凝縮されている。

 彼女は本書の中で沢山の表情を見せる。笑っては涙を流し、怒っても悲しくても涙を流す。友人に語りかけるように今まで付き合ってきた彼氏の話をしたかと思えば、死への恐怖を語り、生きていくことの苦しみに喘ぐ。そして人間関係の難しさについて懊悩し、孤独に悲しみの闇の淵へと自ら身を埋没させていく。

 エッセイの中で、イ・ランはその全ての創作活動を広義な意味でアート(芸術)と書いた文章の中で、「私が思うアートの目的は『癒し』だ」と語っている。

「人々は仕事をすることで疲れていく。その仕事がなんであれ、仕事というのはそもそも疲れて当たり前だ。アーティストは、この疲れた人たちの一日を満たす、ささやかな癒しを作る人で、まさにそれがわたしの職業だ。その癒しを作りだす仕事をしているアーティスト、結局は疲れている。
 それでも私はつくりたい。人々がどんな癒しを求めているのか知りたい。
 そのためには、まずわたしがどんなふうに癒されたいのか知らなければならず、そのためには、わたしの暗くて悲しい心をのぞきこんでみないとならない。それは本当に、とても疲れる」

 私達がこの世界で「人」として生きている以上、社会に寄り添って規範を守っていかなければならない。その中で他者とのコミュニケーションは必要不可欠で、時にはどんなに反りが合わない相手とも長い付き合いをしていかなければならない。それは直接合わなくてもコミュニケートする手段が豊富な今も、そしてこれからもずっと不変な事だろう。

 日々疲弊しながら生きている私達「人間」には、衣、食、住だけではなく、「慰労」の為の娯楽が必要不可欠だ。例えば、この「WEB本の雑誌」を見て下さっている皆様はきっと、娯楽の一つとして本を手に取り、ページを開いた時に癒しを感じ、そして時間を忘れて読み耽る日々を送っているという方も多いのではないでしょうか。当たり前のように癒しを私達にもたらしてくれている本という娯楽。その娯楽を作家という創造主が身を削って生み出しているんだと考えると、その有り難みは計り知れないし、日々生み出されている作品が今まで以上にかけがえのない存在に思えてきますよね。

「世の中にはおそらく、幸せな人よりも不幸な人のほうが多いはずだから、その大勢の人たちのために」、イ・ランはこれからもより多くの娯楽を生み出し、世界中の人々に「癒し」を与えるミューズとして、さらに大きく飛躍していくのだろう。

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文教堂書店青戸店 青柳将人
文教堂書店青戸店 青柳将人
1983年千葉県生まれ。高校時代は地元の美学校、専門予備校でデッサン、デザインを勉強していたが、途中で映画、実験映像の世界に魅力を感じて、高校卒業後は映画学校を経て映像研究所へと進む。その後、文教堂書店に入社し、王子台店、ユーカリが丘店を経て現在青戸店にて文芸、文庫、新書、人文書、理工書、コミック等のジャンルを担当している。専門学校時代は服飾学校やミュージシャン志望の友人達と映画や映像を制作してばかりいたので、この業界に入る前は音楽や映画、絵、服飾の事で頭の中がいっぱいでした。