『走れ!タカハシ』村上龍

●今回の書評担当者●東京堂書店神田神保町店 河合靖

 実は今回ご紹介させていただく作品は、大好きな「村上龍」のものと決めていてその中でも男の欲望の塊をこれでもかとさらけ出したバブル予兆小説『テニスボーイの憂鬱』にしようと思っていた。が、なんと今現在は文庫も出版社品切れ状態で読めないのである。 集英社文庫版上・下巻は品切れ、その後幻冬舎文庫でも出版されたが、これも品切れという悲しい現状なのだ。 そこで気を取り直し、今回は講談社文庫版としては1989年に発売された『走れ!タカハシ』を紹介したい。

 今や世間は「カープ女子」なる広島カープを全力で応援する女子たちがいるほど広島カープが熱い。この書名の「タカハシ」は赤ヘル機動力野球の申し子。全盛期には福本豊の後継者とまで謳われた走塁王「高橋慶彦」その人である(村上龍の読者には今更な説明でごめんなさい!)。

『走れ!タカハシ』は1983年(昭和58年)8月から「小説現代」に不定期連載が始まった。この時期は村上龍の最も油ののっていた時で『テニスボーイの憂鬱』、『愛と幻想のファシズム』の連載も同時期に始まっている。このふたつの傑作長編を書きながら、この短編集を書いているパワーと想像力には圧倒される。

 時代背景も1983年~1985年という事で何かすごく元気な世の中で、暗さが全く無い (この後バブル景気が訪れるんですよね!)。 文章も旧さが全然感じられないってとこが村上龍のすごいところ。当然、今や小道具で必ず登場する携帯なんか勿論存在しない時代だが、今読んでも違和感無く読める。

 まずはこの作品「高橋慶彦」にまつわる物語では無いということを言っておかねばならない。物語の中で登場人物が様々な苦境の中、「高橋慶彦」を応援しそして「高橋慶彦」に助けられる話なのだ。

 11の物語だが短編嫌いの方も絶対満足する内容。ネタバレになるので1話目の内容を少しだけ! 主人公の「僕」が球場でビール売りのバイトをしていると、バックネット裏の指定席の客に呼ばれる。派手な身なりのパーマをかけた小柄な男で「お前を訴える。深夜に俺の家に忍び込んだお前の姿を防犯カメラに撮ってある」と突然言われる。 実はその男、何となく付き合っている「僕」の彼女(高校の同級生)の父親で、税金対策になるとかで、人を訴えたりするのが大好きな人らしい。 Hな事をするために夜中の1時に「僕」を呼び出したのは彼女のほうなのだが......やがて彼女の父親は「賭けをしよう! 俺はタカハシヨシヒコが好きだからタカハシがこの試合でスチールを決めたらお前を見逃してやる」と言い放つ。 僕はベンチでマッサージしてもらっているタカハシさんを見つけ、大声で叫ぶ。 「タカハシさん、走ってください!」。さて、その結末は本書で!

 絶対に普通でない主人公たちが次から次に現れとんでもないストーリー展開で全く読者を飽きさせない村上龍! さすがである。「タカハシ」がどこでどんなかたちで現れるのかの期待感も大きい。

 最後に、吉本ばななの解説がかなり面白いので立ち読みで是非解説を読んでみてほしい。ネタバレにはなっていないので解説先読みをオススメしたい!

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東京堂書店神田神保町店 河合靖
東京堂書店神田神保町店 河合靖
1961年 生まれ。高校卒業後「八重洲ブックセンター」に入社。本店、支店で28年 間勤務。その後、町の小さな本屋で2年間勤め、6年前に東京堂書店に入社、現在に至る。一応店長ではあ るが神保町では多くの物凄く元気な長老たちにまだまだ小僧扱いされている。 無頼派作家の作品と映画とバイクとロックをこよなく愛す。おやじバンド活動を定期的に行っており、バンド名は「party of meteors」。白川道大先生の最高傑作「流星たちの宴」を英訳?! 頂いちゃいました。