『破天の剣』

●今回の書評担当者●今野書店 松川智枝

  • 破天の剣 (時代小説文庫)
  • 『破天の剣 (時代小説文庫)』
    天野 純希
    角川春樹事務所
    842円(税込)
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  • 衝天の剣 島津義弘伝 上
  • 『衝天の剣 島津義弘伝 上』
    天野純希
    角川春樹事務所
    1,620円(税込)
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  • 回天の剣―島津義弘伝〈下〉
  • 『回天の剣―島津義弘伝〈下〉』
    天野 純希
    角川春樹事務所
    1,620円(税込)
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『破天の剣』を読んだ時、物語途中から涙腺は決壊し、何故今九州が全部鹿児島県ではないのか、何故私は鹿児島県人ではないのかと、歴史を呪い号泣。それ程島津四兄弟を日本最強の兄弟として、家久という人を魅力的に描いた〈剣〉三部作の1冊目。

 天野純希さんのファンキーなデビュー作『桃山ビートトライブ』以来、追っかけのように作品を読み続けています。デビュー作から一転、本格時代小説へと突き進む著者ですが、時代を切り取る場面の特異さと現代的なストーリーテリングで、今までにはない時代物としてどの作品にも思い入れがあります。その中でも特に上げるなら、戦国薩摩をドラマティックに描いたこの〈剣〉三部作。

 戦国島津家の末っ子、家久を主人公にした「破天」。天下を統一しようとする秀吉に、九州の最南端から真っ向戦った薩摩。家久の出生の秘密に始まり、軍略の才能の開花、秀吉も怖れたその合戦シーンは目の前で血飛沫が上がっているかのよう。正に天を破り九州統一なるかという時に大軍に屈してのラストシーンは、その後の歴史の事実を考えると、島津家の秀吉への憎悪の程が窺えるというもの。家久亡き後、秀吉に屈し版図を狭められた薩摩が被った災難が朝鮮出兵。この暴挙でしかない外征に従い、武功も上げねばならなかった次男坊義弘の苦悩を描いた「衝天」。憎き秀吉没後の混乱から関ヶ原へ、かの有名な〈島津の退き口〉に至る謀略に次ぐ謀略の時代を描いた「回天」。あと一歩で家康の首を獲れようかという時に、あっさり口上を述べ戦場を離脱したまではよかったが、関ヶ原から薩摩まで敵と戦い、途中囚われの姪っ子達を救出しての道程の困難さ。やっとの思いで薩摩の地を踏んだ時、家を守るためとはいえ、中央への憎しみのあまり冷酷非道に変貌したと思われた長男義久改め龍伯が、昔のように優しく迎えてくれたシーンでまた号泣。「破天」から始まり一度は掴みかけた九州統一を目前に、次々に弟達は死に、上の2人だけが老いてなお家を守らなければならなかった切なさが込み上げてきます。

 都市伝説では島津の怨念が明治維新を引き起こし、ついに中央政権を握るのだとか。さもありなん。この戦国島津四兄弟の、強大な敵に一歩も引かない強烈な姿勢に、現代の世にこれほどまで強く守るべき何かがあるだろうかと、寂しくもあり。

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今野書店 松川智枝
今野書店 松川智枝
最近本を読んでいると重量に手が震え、文字に焦点を合わすのに手を離してしまうようになってしまった1973年生まれ。それでも高くなる積ん読の山。