はじめに

 上京して最初に住んだのは、高田馬場のアパートだった。そこから15分ほど歩けば早稲田の古本屋街があったけれど、郷里に古本屋がなかったこともあり、通り過ぎるばかりだった。古本屋に足を運ぶようになったのは、大学4年になってからである。恩師の授業を聴講しているうちに古本の世界を知り、古書展に連れて行ってもらうようにもなった。

 ただ、そこからすぐに「古本好き」となるほど、僕は読書に馴染みがなかった。大学院に進学してからは、自分の研究分野に関連した本をちょこちょこ買い集めるようになったけれど、古本の世界に耽溺したというわけではなかった。

 古本屋に足繁く通うようになったのは、そこで働く人たちと仲良くなったことがきっかけだった。一緒にお酒を飲む機会が増え、バンドまで組んだ。楽器の弾けない僕は、「記録係」と称して一緒にスタジオに入り、皆の様子を写真に収めながらお酒を飲んでいた。そんな日々を繰り返しているうちに、「古本屋を取材したい」と思った。

 古本好きと言えるほどでもなく、いろんな町の古本屋を知っているわけでもないのに、どうしてそんなことを思ったのだろう。その理由がわかるまでに10年かかった。

 僕が書き残したいと思ったのは、古本屋という生活だ。お店を評するのでも、紹介するのでもなく、そこに流れる日々を書き残したいと思ったのだ。

 そこで僕は、お店に3日間滞在させてもらって、時に雑用を手伝いながら、日記をつけることにした。東京の古本屋を網羅的に知っているわけではないので、この連載で登場するお店は偏りのある並びになるだろう。それは個人的な偏愛を書き記すというのとも違っている。これは古本屋に流れる日々の記録であり、2020年の東京の風景の記録でもある。