9月16日(水)

 我が家の愛犬ジャックは17歳である。犬の平均寿命は12年というから、老犬だ。それでも今年の春までは元気であった。食事時にはわんわん吠えて食事を要求し(この体内時計がまた正確なのだ)、それが終わると次は散歩を要求する。私の住んでいる町は坂の多いところなのだが、その急坂をずんずん登っていくのである。若いころに比べれば、散歩コースも一回り短い円になったけれど、道端のあらゆるところに鼻を近づけてくんくんさせるなど好奇心も旺盛だった。

 あれっと思ったのは夏の始めだ。これまではずんずん登った坂の途中で、ふと立ち止まるのである。それは家に帰る途中だったので、帰りたくないのかと思った。もっと歩きまわりたい、という要求かと思った。違うんですね。その坂を登るのが、きつくなったのだ。老いは突然やってくる。

 それから2ヶ月たつと、よたよた歩きになり、それまでは玄関の中で寝ていたのだが、家にあげることにした。冷房の効いたどこかの部屋に入り込み、床の上でぐたっと一日寝るのが夏の間の日課になった。

 歩けなくなったのは先週末だ。そのころはもう散歩に行く気力もなく、庭で小便をしていたのだが、庭の隅に入り込み、そこから動けなくなってしまったのである。足腰に力がなく、立っていられないのだ。医者に連れていくと、あと数日でしょうと言われたものの、大阪にいく予定が入っていたので、たぶんこれが見納めかと覚悟して東京を離れた。

 日曜の夜に帰京して玄関の扉を開けると、ジャックはひっそりと横たわっていた。静かに呼吸を続けている。もう顔を上げる力もないのか、目だけを動かしている。抱えて庭にいき、そこで小便させようとしても、出てこない。で、おねしょシートを買ってきた。

 月曜の朝、そのシートが濡れていたので、今度はおむつをつけることにした。若いころならいやがるだろうに、もうぐったりしていて、逆らわない。顔を上げられないので、スポイトで水を吸い上げ、口に持っていくと、ぴちゃぴちゃと飲む。犬用の肉を口元に差し出すと、くちゃくちゃと噛む。量は圧倒的に少ないが、それでもまだ食欲はあるようだ。
 火曜の夜は、読売新聞の書評委員会だったが、早退して帰宅。家を離れている間に命の灯が消えてしまうのではないかと心配になる。急いで帰ると、ジャックはひっそりと横たわっていた。その腹が動いているので呼吸しているのがわかる。

 2009年9月16日昼、ジャックは生きている。あと数日と医者に宣告されてから6日、まだその命の灯は消えていない。