2月25日(金) 今月のオール讀物

「オール讀物」3月号に、「私を勇気づけた百五十冊」という村木厚子の特別寄稿が載っている。百六十四日間に及んだ大阪拘置所での日々に、百五十冊もの本を読んだというのである。その百五十冊のリストも掲載されているのだが、これを見ていると面白い。ミステリーが意外に多いのである

 それも、佐々木譲、今野敏、北村薫などに混じって、サラ・パレツキー『サマータイム・ブルース』、デニス・ルヘイン『運命の日』、リック・ボイヤー『ケープゴッド危険水域』(渋い!)という海外ミステリーまで読んでいるから、マニアックだ。

 村木さんは小さいころから本が好きで、ミステリー好きはそのころからのようだ。江戸川乱歩の「怪人二十面相」、ガボリオの「ルコック探偵」、そしてシャーロック・ホームズ(ルパンは今ひとつ好きになれなかったという)という王道から入り、大人になってからも、フリーマントルの「チャーリー・マフィン」、大沢在昌の「新宿鮫」、「刑事フロスト」シリーズ、マイケル・コナリーの「ハリー・ボッシュ」シリーズなどを愛読してきたというから筋金入りといっていい。

 そういえば、百五十冊のリストにはマイケル・コナリーの原書が3冊入っている。コナリーは大のお気に入りのようで、そのために翻訳を待てずに原書を読んでいるということなのか。コナリーの『リンカーン弁護士』の原書を村木さんが読了したのは、2009年の10月19日。その原書は旦那さんに差し入れてもらったと村木さんはその特別寄稿の中で書いているのだが、この小説の翻訳が講談社文庫(古沢嘉通訳)で刊行されたのは同年6月である。その翻訳本ではなく、わざわざ原書を差し入れたのは、翻訳が刊行されていたことを旦那さんが知らなかったのか、それともコナリーはいつも原書で読んでいるのか、そういうディテールも知りたい。

 ちなみに拘置所の中は持ち物制限が厳しく、大きなトランク(二週間ほどの旅行用スーツケースの大きさ)の中に、衣類、本、日用品など持ち物がすべて収まるようにしなければいけないという。そのくだりで村木さんは次のように書いている。

 したがって、少しでも空きスペースを作るために「宅下げ」といって読み終わった本を自宅に送り返してもらいました。宅下げをする本も書き込みがないかどうかのチェックがあり、うっかりいつものくせで、海外小説の登場人物の名前にペンでマークを付けてしまい、その本は宅下げができなくて廃棄せざるを得ず、悔しい思いをしました。普段、海外小説を読むときなど、それぞれの登場人物が「この人って誰だっけ?」と後で混乱することがないように、初めて出てきた名前にはマーカーを引くのがくせになっていました。場面展開が早くて名前を覚えきれず混乱することがよくあって──。

 拘置所で本を読むのもそれなりに大変なのである。そういえば、と思い出したのが2冊の翻訳小説だ。エドワード・バンカー『ストレート・タイム』(沢川進訳/角川書店)と、ロバート・ロスナー『虹の果てには』(山本俊子訳/早川書房)。2冊ともに翻訳されたのが三十年以上も前のことなので、覚えている人も少ないだろう。前者は元犯罪者の自伝小説、後者はなんといえばいいのか、クライム・ノベルか。

 共通するのはこの2作の主人公がともに刑務所でたくさんの本を読むこと。『ストレート・タイム』のマックスは、8年間刑務所にいる間、毎週5冊ずつ読み続けるからすごい。だから合計は、ええと、すごく多い。『虹の果てには』のブリッジャーは週に3冊。マックスよりも少ないが、しかしこちらは十五年間だ。相当な冊数になる。

 この二人の共通点はもう一つあって、二人ともに出所したらまったく本を読まなくなったこと。特にブリッジャーは、図書館員のフランシーヌと知り合い、彼女から本をすすめられるというのに、それでも手にしないから完全な拒否状態である。

 マックスもブリッジャーも村木さんとは違って、もともとの本好きというわけではなく、刑務所の中で他にすることがなかったから読書していたにすぎないということだろうか。出所すれば他にすることがあるから、本など読んでいられないということだろうか。8年間も、そして15年間も、そんなにたくさんの本を読んだというのに、本好きにならないというのが、なんとなく淋しい。