第57回

  撮影中の教さんは、"マシンガンの教"の異名通り、喋くりまくりだった。
「いいか、こうやって喋りまくると、女は頭ん中がカラッポになって何も考えられなくなるんだ。そうなりゃこっちのものってワケさ」
 編集として同行しているオレにまでその矛先が向かってきて、ご丁寧に撮影ノウハウまで教えてくれる。明石家さんまではないが、喋ってないと死んでしまうイキモノのようだった。そのレクチャーが「佐々木教のカメラでナンパ実践講座」の企画のネタなったのだった。
 一度だけだが、教さんと飲んだことがある。編集長が中国出張(理由は未だによくわからないが、中国の出版事情の視察)に行ってしまい、代わりにフィルムを受け取ってくれと頼まれて、教さんに連絡を入れた。
「堀川とは、フィルム渡すときは一杯飲みながらってことになってるから」
 いつものダミ声で言われ、教さんの住む下町のバーまで受け取りに行った。席に着くやフィルムの入った袋を渡されたので、カバンに入れようとすると、
「全部じゃないんだよ。そこから選ぶんだ」
 てっきり全部かと思っていたオレは、そうですかとフィルムを袋から出し、教さんが貸してくれた小さなライトボックスとルーペを使って、選び始めた。その候補により分けたフィルムを薄暗いバーの照明にかざして、教さんが言う。
「なるほどね。堀川が選びそうなとこ、判ってんじゃん。あいつは、××(容姿に不自由な女性の蔑称)は選ばないんだよな~。白夜の○○なんかは、その方がリアリティがあるって××を2~3人選んでくけどね。俺は、リアリティうんぬんじゃなくて、あいつは△△(体重が多い人の蔑称)で××が好きなんだろうと思ってんだけど」
 撮影中でなくても、教さんの喋りは止まらないようだ。
「お前、何人、女知ってる? 俺は、イチ、ジュウ、ヒャク、セン...はいってるよ。それも商売女じゃないんだゼ。普通の仕事してたら絶対にできないよな」
「そうですね」
「こないだなんて、処女の女のコが、『最初は教さんに...』って来ちゃってさ。『俺なんかでいいのか?』ってきいたんだよ。そしたら『最初だから慣れてる人の方がいいかなって...』だって。最近の処女は何、考えてんのかねぇ」
「はあ」
 オレは相槌を打つ以外のことができないくらいの独壇場だ。
「俺の佐々木教って名前の由来は知ってるよな。...なに~! 知らねえのか。有名な話なんだけどな。この俺様が、人生で空前絶後、愛した女の名前から取ってんだよ。何かで見て『なんで、あんたが私の名前使ってんのよ!!』って怒って連絡してこね~かなと思ってっさ」
「男のロマンですね」
「そう、男のロマンだよ。お前、若いのに判ってんじゃね~か! ロマンっていえばさあ。俺、貯金してんだよ。それが一千万貯まったら、隅田川の川開きの日に屋形船借り切って世話になってるやつらをみんな呼ぼうと思ってんだ。サンからは、堀川とお前だな」
 内容はどう聞いても酔っぱらいの戯言だが、不快ではなく不思議と耳に心地いいというかラップを聞いているような感じだった。それに聞き惚れているうちに終電の時間となり、教さんと店を出た。
 中国出張から帰ってきた編集長に受け取ったフィルムを渡しがてら、教さんとの一件を話すと、編集長はニヤリと笑って一言。
「渡すときは一杯やりながら!? そりゃ、教さんにハメられたな」
 どうやら、オレも一丁、上げられてしまったようだ(笑)。
 そして未だに隅田川の屋台船での宴会の招待状は届いていない。