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9月12日(月)

笑い三年、泣き三月。
『笑い三年、泣き三月。』
木内 昇
文藝春秋
1,728円(税込)
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 朝、銀座K書店Yさんからメールが届く。

「もうすぐ出る木内昇さんの『笑い三年、泣き三月。』(文藝春秋)は、大傑作だから絶対読んでね!」

 そう薦めてきた書店員さんは3人目なのだが、発売は17日らしい。

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 錦糸町から半蔵門線に乗り込むと、車両にいた約20人ほどの乗客全員が、スマートフォンか携帯電話を見つめていた。青白い光を顔に反射させ、寄り目になっていじくっている。通勤時にも気になっていたのだが、やはりスマートフォンの登場以来、電車のなかでそれをいじくっている人が異様に多い。

 もしかしてあの機械からはアヘンやタバコのように中毒性の強い何かしらの物質が放出されているのではなかろうか。あるいは触れた指先から股間を刺激する快楽物質が伝達されているのかもしれない。一度触ったら最後、指先を画面から離すことができなくなり、読書人という人種から栄養分を吸収し死滅させる冬虫夏草の一種だと思われる。

 都心部で本が売れなくなっている理由の、ぶっちぎり第1位は、やはりこのスマートフォンの影響だろう。元々都心で本が多く売れていたのは、それだけ知的な人が多かったというわけではなく、たんに人口が多いのと通勤時間が長いからだと思うのだ。ついにその社会人にとって唯一無二の読書時間である通勤時間もスマートフォンに奪われてしまった。

 去年のあの熱病に浮かされたかのような電子書籍フィーバーは、どちらかというとiPadやKindleなど大型の読書端末を想定したものだったと思うけれど、ここまで一気にスマートフォンが普及してしまうと、もはやよほどの人以外、もうひとつ端末を買うとは考えられない。

 ということは電子書籍を読むためのハードは、あの小さな画面のスマートフォンに限られてくるわけで、そうするとおのずと売れるもの売れないもの、レイアウトなども決まってくるだろう。

 そして何よりも去年のフィーバーが、電子書籍VSリアル書籍だったのに対し、これらの普及から考えてみると電子書籍&リアル書籍VSその他のスマートフォンを経由した娯楽という構図に変わってくるはずだ。何せあの冬虫夏草には、様々な刺激物が取り込まれているのだ。どんなに電子書籍のタイトル数が増えたとしても、その他の魅力あふれるコンテンツに勝たなければ、それが売れることはない。

 私たち出版社が作る文字だけの(時には絵や写真もあるけれど)かなり能動的な要素が必要となる本や雑誌から生まれる「読書」という行為は、twitterやフェイスブックやゲームやYouTubeなどの受動的な要素の強い、刺激あふれる娯楽に勝てるだろうか。

 話は少し変わるのだけれど、先日とある集まりに参加すると、そこでは「読書」を啓蒙するための新たなイベントが話し合われていた。

 その企画書の一行目に「本を読む楽しさを伝えよう」と書かれており、イベントの内容も本当に本の読み方や選び方、あるいは本を読む意味などが記されていた。あまりに初歩的な話で思わず笑ってしまったのだが、もしかすると本を読むという行為は、もはやそこまで世間と離れてしまったものなのかもしれないと途中で気づき、背筋が寒くなったのである。

 今、多くの家庭が新聞を購読しなくなり、子どもたちが新聞というものをわからなくなり始めていると聞く。そのうち新聞を子どもたちに説明すると「ああ、Yahoo!ニュースが毎日紙になって届くの?」と答えられる日が来るかもしれない。読書という行為もそうやっていつか人々から忘れられていくのだろうか。

 スマートフォンから得られる喜びや愉しさよりも、もっと大きな喜びや愉しさを本は包み込まなければならない。そんなことができるだろうか。いや、それをやらなければ、私たちに明日はない。そしてその愉しさを伝えていかなければならない。

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