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9月29日(木)

 座談会の立ち会いを終え、夜遅く家に帰ると、珍しく妻が起きていた。

 こういうときはたいてい嫌味が待っている。「サッカーに行き過ぎなんじゃないか」とか「サッカーを見過ぎなんじゃないか」とか「サッカーを撮り過ぎなんじゃないか」など。

 面倒くさいのでなるべく顔を合わさないように食事をとっていると、妻は真正面に座り、私の顔をじっと見つめ話しだしたのであった。それは嫌味ではなく、その日の夕方、娘の身に起きた小さな事件だった。

 学校から帰って来た娘は、家から離れた公園で友達と遊ぶ約束をしたと自転車で出ていったらしい。小学5年生だからもうひとりで行動して当然なのだが、時代は私達が育った頃と変わっており、週に1度や2度は不審者情報が携帯に届く時代なのだった。

 心配した妻は5時半には帰ってくるようにと念を押したそうなのだが、その5時半になっても娘は帰ってこない。夕飯の準備も終え、妻は帰り道だと思われる、いや帰り道も指定していたようなのだが、その途中に息子と立って待っていた。

 しかし娘は6時になっても帰って来ない。
 街灯が灯り、オレンジ色の光が道を照らす。手をつないだ息子は、涙声で「ママ、警察に電話したほうがいいよ」と言ったそうだ。

 いったん家に帰って、自転車で探しに行こうと思った時、携帯電話が鳴った。相手は娘の同級生のお母さんで、どうも娘は自転車の鍵を失くしてしまい、後輪の動かない自転車を引きずって帰っていると教えてくれたそうだ。

 そこまで妻から話されたとき、私の胸は締め付けられるような痛みでいっぱいになった。

 家から遠く離れた公園で、自転車の鍵をなくし、約束の時間に帰れなくなってしまった娘。母親に怒られるだろうと考えながら、走りまわった公園のなかを一生懸命探していたはずだ。あたりは暗くなり友達はひとり、ふたりと帰っていく。どこかで諦め、でも自転車を置いていくという判断はできず、重い後輪とふらつくハンドを持ちながら、とぼとぼと帰って来たのだろう。

「無事で良かったわよ」と妻は空になった私のコップに麦茶を注いで、寝室に入っていった。

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