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12月13日(火)

 書店さんの忘年会を終えて、家に着くと、居間の窓から明かりが漏れていた。たいてい子どもと一緒に寝てしまう妻がこんな時間まで起きているのは珍しい。静かに玄関を開けると、ゆっくり風呂につかった。はあっと息を吐き出すと、アルコールの匂いが温められた風呂場のなかを漂った。

 頭を乾かし、相変わらず明かりのついた居間に顔を出すと、そこにいたのは妻ではなく娘だった。おかえりの言葉も発せず、こたつに座って一心不乱にノートに何かを書き写している。時計をみると12時を回っており、そんな時間まで娘が起きている姿をみるのは初めてだった。

「どうした?」私が声をかけると、娘は振り返り一瞬怒ったような顔して、そのあと大きな声をあげて泣き出した。目をこする手のひらは、鉛筆の芯で擦れ、銀色に光っていた。

 台所でお茶を飲んでいた妻に理由を訊ねると、学校で漢字ノートを持ってくるように言われたのだが、娘はとっくにやり終えていた1冊目のノートを先日部屋の片付けをしたときにもう使わないと思って捨ててしまったそうなのだ。そのことを先生に話したら「ほんとはやってないんじゃないか」と疑われ、全部やって持って来なさいと言われたらしい。

「2冊目のノートにハンコが押されているんだからそれが1冊終わった証拠のはずなのに、ぜんぜん聞き入れてくれないのよ」

 この日の午後、学校に行って説明してきた妻が呆れたような表情を見せて、私にお茶を差し出してくる。

「そんなもんだろ、学校の先生なんて」とつぶやきながら私が思い出していたのは、私が中学1年のときの三者面談のことだった。そのとき私の担任は大学を卒業したばかりの新任の女性教師で、毎日「帰りの会」ではそれぞれの生徒に他の生徒の悪かったところを発言させ、その数によって木の棒で叩くということを繰り返していた。一番クラスで叩かれていたのが私だった。

 静まり返った教室の真ん中に二つの机が並べられ、目の前にはその女性の教師が真っ赤な口紅を塗りたくった口を歪ませ、母親に早口で私の生活態度の悪さを訴えていた。校則を守らない、服装がなっていない、口答えする、睨みつけてくる。反論したかったけれど、言っても聞く気がないことがわかっていたので、私はだまって下を向いていた。母親もずっとだまって聞いていた。

 しかし教師が私の悪口を言い尽くしひと息付いた瞬間、母親ははっきりした口調で一言だけ言い返した。

「この子、いい子ですよ。先生にはわからないかもしれないけど」

 そう言って母親は席を立つと、カバンを手に持ち、ささっと教室を出ていってしまった。教師が何か声をかけたが一切振り返ることはなかった。私も慌ててその背中を追って、教室を飛び出す。階段で追いつくと母親は肩を揺らして笑い始めた。

「あんまりしつこいからアタマに来ちゃった。先生っていったって、いろんな先生がいるのよね。でもあんた我慢しなさいよ。どうせ一年だから」

 すでに私のほうが背が高かったけれど、その日の母親はずっと大きく見えた。それは階段の段差のせいではなかったはずだ。

 妻から事情を聞いたあと、私は娘の隣に座って、ノートの端っこをおさえた。あと10ページほどドリルから漢字を書き写さないといけないらしい。

「おい、代わりに書いてやろうか? パパ、字が下手だからバレないぜ」

 私がそう訊ねると娘は私の顔も見ずに「バカじゃない」と言って、漢字を書き写し続けた。
 それでも口元は笑っているようだった。

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