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4月7日(金)

 乙川優三郎の新刊『R.S.ヴィラセニョール』(新潮社)を堪能す。深く堪能する。どっぷりと浸かり、最後のページを読み終え本を閉じても、しばらく頭のなかに世界が広がり続けている。小説とは、これほどまでに深く、濃く、美しかったのか。

 フィリピンから弟や妹の暮らしのために出稼ぎで日本にやってきた父親とその父親が稼いだ金をすべてフィリピンに送金しても愚痴ひとつこぼさず内助の功で支えてきた日本人の母親の間に生まれた主人公、レイ・市東・ヴィラセニョール。彼女は、容姿に父親の影響が色濃く出ていたため、幼き頃から世間の目と闘って過ごしてきた。しかし母親の実家の援助もあり、美大で染色を学び、房総半島に古い家を改修し染色工房を構え、自身の作品が認められる日を夢見、作業に没頭している。

 その染色という世界の美しさも読みどころなのだけれど、この本は、ヴィラセニョール一家のファミリーの物語だ。しかしファミリーと言ったらかといって家族の小さな話ではない。血の物語。兄弟、従兄弟、一族、母国、どんなに遠く離れても、時間が経っても切ることのできない、血の物語なのである。そう、『R.S.ヴィラセニョール』は、乙川優三郎版『ゴッドファーザー』だ。

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 昨夜も遅くまでリハーサルした本屋大賞の発表会を4日後に控え、恐ろしいほどのメールが飛び交いだす。暴風域に突入。

 午前中は、本屋大賞だけでは満足できない、いつもの「本好き悪巧みトリオ」で新たなプロジェクトの打ち合わせ。素晴らしい企画を思いつく。どうにか実現させたい。

 午後は逃亡するかのごとく営業にでる。しかし心のなかに闇が湧き出し、電車を降りるのが苦しくなってしまう。

 こんなメンタルで営業なんてとてもできないと思いつつ、訪問した書店でしばし担当者さんに声もかけずぼんやり棚を眺めて過ごす。そうしているうちに、少しずつ闇が薄まる。私にとってもっとも精神が安定するのが本屋さんなのだ。

 若干回復したメンタルで営業に勤しんだ後、一路埼玉スタジアムへ。ここに来れば闇も何もあったものではない。心を空っぽにして、我が浦和レッズを応援するのみ。

 そしてまさかの7対0という大勝利を目撃し、闇は消え去る。

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