8月21日(木)サイボーグ

 本日も激暑。最高気温37度。

 午前中、デスクワークをしていると「つまらなかったら返品承ります!」という販促をしている丸善お茶の水店のSさんから電話。「昨日休みだったんだけど、今日出社してみたらすごい売れててさ、思わず電話しちゃったよ!」。訊けば櫻田智也『失われた貌』(新潮社)が昨日だけで10冊以上売れたという。すごい!

 いやはややっぱり本屋さんはもっと自由に本を売るべきなのだ。返品率とか版元の思惑とかお仕着せの販促物とか報奨金とかに縛られるのではなく、書店員さん自身の嗅覚で創意工夫しながらお店の力を最大限に引き出す展開をすべきなのだ。

 なんだか聞いていてとってもうれしくなる。そうだそうだもっとやってやれ!と拳を突き上げたくなる。10年、20年前は、そうしていろんな書店さんが、いろんな方法で、いろんな本をばんばん売っていたのだ。

 舞い上がった気分を利用して、熱波の中『マンションポエム東京論』33冊と『モールの創造力』10冊を持って直納に向かう。昨日はスッキリ隊出動で、クーラーのないところで1500冊の本を整理し運んだことに比べたらこんな暑さも重さもなんでもない。

 中井の伊野尾書店さんを訪問すると、レジに見たことのある人が立っていて思わず二度見する。なんと元三省堂書店で現踊り子の新井さんがそこにいるではないか。どういうことかと思ったら、月に一日、二日、伊野尾書店で書店員になっているらしい。

 10年ぶりくらいの再会なのだが、新井さんから「びっくりするくらい見た目が変わっていない」と驚かれる。もしかすると私はサイボーグなのかもしれない。

8月20日(水)小野寺史宜『あなたが僕の父』

  • あなたが僕の父
  • 『あなたが僕の父』
    小野寺史宜
    双葉社
    1,870円(税込)
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ここのところ正直あまりハマる作品がなかった小野寺史宜。そろそろ新刊を追わなくてもいいかもと考えていたところに出たのが、『あなたが僕の父』(双葉社)だった。

よし、これを読んで最終判断を下そう、なんて上から目線で本を手に取った自分をぶっ飛ばしてやりたい。「おまえ、小野寺史宜ナメんなよ!」と。

むせび泣いてしまった。『ひと』以来の感動だ。『ひと』以上の切なさだ。これが人生だよね。なんでもない人生を書かせたら、やはり小野寺史宜の右に出る者はいない。

一人暮らしの父親の物忘れが心配で、一年ぶりに館山の実家に帰省すると車のバンパーが凹んでいた。その原因を父親に訊ねても覚えていないらしい。40歳の主人公は考える。父親といっても十代の頃からほとんど口を聞いておらず、その人生もほとんどわからない。このまま何も知らないままでいいのか──。

年老いた父親の造形が見事。高齢男性の特徴をしっかり捉えており、歳をとった父と息子の微妙な距離感の会話もとてもリアルで、会話文を得意とする小野寺史宜の真骨頂だろう。

そしてバランスが絶妙だ。父親のこと、彼女のこと、東京のこと、館山のこと、近所のひとたちのこと、過去のこと、未来のこと。さりげなく、過不足なく語られる。

その先に、これまでの小野寺史宜とはちょっと違う展開が待っている。切ない。切なすぎる。頼むから続編を書いてくれ。あるいは他の作品で彼らを登場させて、その後の人生を見せてほしい。

「介護」以前の「介助」と呼べばいいのだろうか。まだ「護る」ほどではなく、「助ける」あるいは「見守る」ことが必要になった親がいる年頃の人には特に胸締めつけられる物語だ。

小野寺史宜をナメない方がいいぜよ。

8月19日(火)つまらなかったら返品承ります!

  • 失われた貌
  • 『失われた貌』
    櫻田 智也
    新潮社
    3,980円(税込)
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  • キャプテン2 16 (ジャンプコミックス)
  • 『キャプテン2 16 (ジャンプコミックス)』
    コージィ城倉,ちば あきお
    集英社
    572円(税込)
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朝4時起床。太陽が昇るのが少しずつゆっくりになり、まだ陽がでていない。5時を過ぎて明るくなってきたので、ランニングへ。

最近は、さいたまマラソンに申し込んだ息子も朝ランを始めたのだけれど、その足の速さにまったくついていけない。胸板も厚く、肩幅も広く、太ももはぱんぱん、もちろん私より背が高い、その肉体がとにかく羨ましく、頼もしい。本気でサッカーに向き合っている人間だけが手に入れられる身体と心。

本日も浜田が夏休みのため9時に出社し、電話番。秘密の本の原稿をチェックし、書店さん向けDM作りに勤しむ。

夕方、電話でいただいた注文を短冊に書き写していると書店コードが一桁足りず、顔面蒼白。書店さんに電話し、改めて確認する。忙しい時間帯にお手間をとらせてしまい申し訳ない気持ちでいっぱいとなる。

落ち込んでいるとS土社のエノ氏から電話があり、「杉江さん、僕は本当に杉江さんに大変失礼なことをしていました。本当にすみません」と謝られ、なに?なに?と背筋がゾッとする。

エノ氏はどこやらの団体で出版勉強会を主催しているそうで、そこでは出版業会の中で仕事のできる人に話を聞いているそうなのだが、今日という今日まで私杉江を仕事のできる人と認識していなかったと。しかしよくよく振り返ってみるとこの暑い中、頭おかしいくらい直納を続けている杉江という人間は、もしかして仕事ができるのではと思い至り、その仕事の哲学を若手の出版人の前で具体的に話してくれないかという依頼であった。

エノ氏もどうもこの暑さで私以上に頭がおかしくなってしまったらしい。とりあえず秋になって28度を下回ったらもう一度連絡するようアドバイスする。

夕方、元B書店のAさんが、出版社に転職したと挨拶にやってくる。出版社に勤めるとなると自社本優先となり、大好きな文芸書を公平に扱うことができなくなるのが嫌で、専門出版社に入ったとのこと。その感覚がとても書店員さんぽくて感動する。

仕事を終えて、コージィ城倉/ちばあきお原案『キャプテン2 第16巻』 を買いにお茶の水の丸善さんに赴くと、入り口平台一等地に大きなパネルが立っており、何かと思ったら「つまらなかったら返品承ります!」とデカデカと書かれていた。

これは!! 2011年に宮田珠己さんの『だいたい四国八十八ヶ所』以来の伝家の宝刀ではないか!

今回返品を承るほど自信をもっておすすめされているのは櫻田智也『失われた貌』(新潮社)であった。

なんだか楽しくなる。なぜなら売り場がとっても楽しいからだ。本屋さんはこうでなくちゃ。

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8月18日(月)レンタル雑談する人

 朝、介護施設の迎えの車に母親を乗せ、無事今週も週末実家介護を終える。父親の墓参りをした後、東武伊勢崎線武里駅より出社。本日も浜田が夏休みのため終日電話番。お盆休み明けのため、注文の電話がよく鳴るのだった。

 昨日届いたとある単行本用の原稿を整理。これで「あとがき」以外はすべて揃ったのでデザイナーさんに送る。この「誰もまだ知らないけど、俺、今すごい本作ってるんだもんね」という瞬間が好きだ。

 午後、博報堂のTさんとdrum upのNさんがやってくる。とあるムックの企画を考えてくれという依頼。雑談しているうちに台割ができあがる。「レンタルなんもしない人」というのあるけれど、私は「レンタル雑談する人」という商売した方がいいのかもしれない。

 新宿の紀伊國屋書店さんから『マンションポエム東京論』の注文が入ったので、電話番を編集の松村と近藤に任せ、直納にあがる。仕入の方から「よく売れてますね!」と声をかけられ、うれしくなる。

 昼飯を食べそびれていたので、わが下積みメシである「たつ屋」で牛どん(530円)を食べる。ここの牛どんは肉と玉ねぎの他に豆腐も入っており、その豆腐がうまい。

 会社に戻ると雷の音が聞こえ、どこで雨が降っているのだろうと雨雲レーダーを見たら、わが自宅の方が真っ赤になっていた。埼玉はゲリラ豪雨のメッカとなっている。

 上野まで歩いてそこから京浜東北線に乗って帰る。家に着く頃には雨はやんでおり、私の被害はゼロ。

8月17日(日)ジェームズ・ティペット『エックスジーニアス 確率と統計で観るサッカー』

  • xGENIUS エックスジーニアス 確率と統計で観るサッカー
  • 『xGENIUS エックスジーニアス 確率と統計で観るサッカー』
    ジェームズ・ティペット,田邊雅之
    イースト・プレス
    2,420円(税込)
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ジェームズ・ティペット『エックスジーニアス 確率と統計で観るサッカー』(イースト・プレス)読了。面白すぎて一気読みだった。こんな知的興奮が味わえるサッカー本ははじめてだ。歴史的サッカー本!である。

これまでノイズ(様々な現象と偶然)が多すぎてデータを収集することが難しかったサッカーに、「ゴール期待値(xG)」という概念が持ち込まれたところから分析の革命が始まる。

最も初めにそれらを取り入れ出したプレミアリーグのサッカークラブ、ブライトンやブレントフォード、そしてリバプールを中心に、最先端のサッカークラブでどんなデータが開発され、どう利用されているのかが、つまびらかに語られる。

目から鱗が落ちるどころか何度も目ん玉飛び出し、付箋でいっぱいになった。何もかも数字で語られるので、私がこれまでサッカーを観て(おそらく1000試合くらいスタジアムで観戦している)「打てー」やら「この時間は守りだー」なんて叫んでいたことが、ほとんど間違いであったことをくっきりはっきり教えられた。

クロスからゴールが決まるのは65回に一回とか、両チーム一試合に60回ずつセットプレーがあるとか、ロングシュートは打たない方がいいとか、監督が成績に与える影響は少ないとか、クリスティアーノ・ロナウドは決して決定力が高いわけではないとか、ほとんど1ページ毎に価値観がひっくり変えるほどの衝撃がある。

クラブワールドカップで大敗北を期した我らが浦和レッズは、改めて何世代かけても「世界制覇」を目標に掲げた。ということは選手だけでなく、クラブがこの本で描かれている以上のクラブにならなければいけないということだ。セットプレーのコーチだけでも、戦略を練る人だけでなく、スローインのコーチにキックのコーチまでも居て、さらに試合の分析にはエリート中のエリートも雇う。いったいどれだけの数のスタッフがクラブにいるのだろうか。そうした「世界」の基準というものも教えてくれる待望の一冊でもある。

サッカーって面白い。サッカー本ってめっちゃ面白い。

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