山下敦弘さん

『リンダ リンダ リンダ』『天然コケッコー』など話題作を手掛け、現在日本でもっとも注目の邦画監督として脚光を浴びている映画監督・山下敦弘さん。今年5月には学生運動末期時代を舞台に、妻夫木聡さん演じる若きジャーナリストと松山ケンイチさん演じる活動家の交流を描いた、約4年ぶりとなる新作『マイ・バック・ページ』が控えている。そんな気鋭の若手監督が選んだ一冊とは......。

「読書を通じて、自分の知らない“時代の空気”を知る」

作品の方向性を変えた、本との出会い

マイ・バック・ページ - ある60年代の物語
『マイ・バック・ページ - ある60年代の物語』
川本 三郎
平凡社
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「『マイ・バック・ページ』を撮影するまでは、’60年代について、ほどんどなにも知らなった」と語る山下監督。そんな監督が本作を撮影することになったのは、‘07年にプロデューサーから、元朝日ジャーナルの記者であった川本三郎さんが書いた同名タイトルの原作本を渡されたことがきっかけだったという。

「僕は現在34歳なので、当然ですが今作の舞台となる‘60年代には生まれていなかった。だから、当時の雰囲気というものは全然知らなかったんです。この時代に触れることがあったとしても、それは映画などを通じて感じ取る程度で。学生運動とかあさま山荘事件とか、もはや『歴史』としての認識しかなかったんですよね。でも、この映画の原作本となる『マイ・バック・ページ』を読むにつれて、次第に当時の『時代の空気』というものがわかってきたような気がしてきて、『おもしろいな』と」

 映画は、陸上自衛隊朝霞駐屯地で21歳の自衛官が殺害された実際の事件をもとに、その首謀者であった梅山という革命家と、梅山を取材し続ける沢田という若き週刊誌記者の2人を軸にして進んでいく。

「実は、当初は沢田というジャーナリストの青年1人だけを主人公にして、映画を作ろうと考えていたんです。でも、次第に、沢田だけじゃなくて、松山ケンイチくんが演じる梅山というキャラクターを、もっと浮きたたせようと思って、最終的には2人で物語を進めていく形になりました。理由としては、ジャーナリストの視点だけだと、ちょっと観客にはわかりづらいかなと思ったのがひとつ。もうひとつには、この梅山という人物が『どれだけ人として魅力があって、周囲の人が惹かれていたか』が伝わらないと、おもしろくないだろうな、と思ったんです」

革命家を自称する梅山と彼の発言に翻弄される沢田。その構図を思いついたのは、この事件の参考資料として山下監督が読んだ数冊の本だった。

「『マイ・バック・ページ』は、沢田のモデルとなる川本さんの視点から描かれていますが、この本以外にも、実はこの事件にかかわる本は何冊か出版されているんです。例えば、『一九七〇年の狂気 滝田修と菊井良治』(著:福井 惇)、『潜行―滝田修と赤衛軍の幻』(著:穂坂 久仁雄)とか。これらは川本さんの作品とはまた違う視点で描かれているので、全部読んでみると、それぞれの主張が浮き上がってきて非常におもしろい。また、梅山のモデルとなるKという人物が非常に魅力的な人物だったからこそ、この事件は成り立ったのでは、と感じたんですよね。この時代に興味がある人は、ぜひ読んでみて欲しいですね」

人生で初めて買った漫画は『キン肉マン』第5巻。

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 子供のころから活字よりも絵や漫画が好きで、幼少期は親が買ってくれたアンネ・フランクや野口英世などの伝記を後目に、図鑑ばかりを見ている子供だったという。

「『恐竜』とか『人体の不思議』とか、そういう図鑑を眺めてみるのが大好きでした。赤血球とか白血球の働きや、出産直後の赤ん坊の写真とかを見て『うわっ、気持ち悪い!』って。小学生ぐらいになると、やっぱり『週刊少年ジャンプ』や『週刊少年マガジン』なんかを、友達に借りたりして読んでいました。生まれて初めて買った本は、親にもらった500円で買った『キン肉マン』でしたね。しかも、すごく中途半端なことに、なぜか最初に買ったのが5巻(笑)。結局、全巻集めなかったんですけどね……。でも、当時は比較的トレンドを押さえている子供だったんですよ」

高校生になると、一般的な漫画ばかりではなく、サブカル漫画誌『ガロ』などのややマニアックな作品を好むようになる。

「高校時代、僕は愛知県の田舎に住んでいたんですが、ちょっと生意気なんですけど、『人とはちょっと違ったものを読んでやろう』という気持ちが強かったんでしょうね。当時、映画に関しては意見交換する仲間がいたんですけど、漫画に関してはいなかったので、本当に独自に読み漁っていました」

大学時代に出会ったサブカル漫画に衝撃

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そして、大学に進学してから、そのサブカル好きが高じて、江口寿史さんが責任編集をしていた『COMIC CUE』を読むように。そのなかで、「平成のつげ義春」と異名を取る漫画家・いましろたかしさんの作品に出会う。

「最初、いましろさんの作品を読んだときに、『このマンガは、なんなんだろう……』と、すごく衝撃を受けたのを覚えています。たしか『ピアノの先生』っていう作品なんですけど。そこでいましろさんの作品を読もうと思って、いろいろ探したんですけど、近所の本屋さんには置いてなかったんですよね……。そして、大学出た後に、いましろさんのマンガを全部買って、読んでいました。後日、いましろさんにはご本人にお会いすることができて、本当に感動しましたね」

『COMIC CUE』や『ガロ』を通じて、そのほかにも『孤独のグルメ』などで知られる久住昌之さんが実弟とコンビを組んでいたQ.B.B.や、蛭子能収さん、相原コージさんの作品なども愛読するようになる。

「Q.B.B.さんの漫画で『中学生日記』という漫画があるんですが、これが本当におもしろい作品で。これはいわゆる中学生のあるあるネタを漫画化したもの。この漫画のすごいところは、漫画内に“中学一年生の空気感”がすごく漂っているところ。冒頭で挙げた『マイ・バック・ページ』の原作本と共通するのかもしれませんが、その“時代の空気感”がわかる本ってすごく好きなんです。この『中学生日記』の場合も、ただのあるあるネタだったら飽きちゃうんですけど、『あぁ、自分もこういう中学生だったな』と、当時の思考が蘇らせてくれるんですよね」

 あまりにもこの漫画が好き過ぎて、山下監督が上京したとき、Q.B.Bには無許可でこの『中学生日記』を演じるというワークショップを開催するに至った。

「参加者は10代から40代まで幅広い年代だったんですが、その全員が『いかに自分たちの脳みそを中学一年生に戻すか』という作業に没頭しましたね。結果、このときのワークショップのちにDVD化されるんです。さすがに無許可だとまずいだろうな、ということで、『使わせていただきました!』とQ.B.Bさんたちに見せたら、すごく喜んでくださって。しかも漫画まで描いていただいたんです」

 現在でも、漫画は読み続けており、『週刊ヤングマガジン』『ビッグコミックスピリッツ』などの漫画誌も読む機会が多いという。

「なかでも長尾謙一郎さんの作品が好きで、いまは『PUNK』っていう連載を読んでいます。実は、長尾さんって、僕の大学の先輩なんですよね。出身も愛知県で同郷だし。当時、直接面識はなかったんですが、当時からファンだったので『ぜひ、僕の映画へコメントをください』とお願いして、映画を見てもらって。それ以降、たまに飲むようになりました。あ、あと、つげ義春さんも一通り読みました。竹中直人さんが『無能の人』を映画撮ってらしたり、自分でつげ義春さん原作の『リアリズムの宿』を撮影したりもしました」

読めない漢字があっても読み進む。それがオトコの読書。

苦役列車
『苦役列車』
西村 賢太
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 基本的に「活字よりも漫画が好き」だという山下監督だが、映画の関連著書はもちろん、作品の題材になりそうな作品や人から勧められた作品は、一通り読んでみるらしい。

「僕は基本的に移動は自転車派なんですが、電車で移動する日は、絶対に1冊は本をバッグに入れておきます。映画の題材になりそうな作品は、できるだけチェックしておきたいので。ちなみに、いま読んでいてハマっているのは、芥川賞を先日受賞した西村賢太さんの『苦役列車』。おもしろくて、どんどん読み進めています。ただ、ひとつだけ困った点があって、それはあの作品に難しい漢字が多いこと。僕、実は漢字が苦手なので、読めない漢字が多くて……。それでも、いちいち調べたりせず、細かいことは気にしないで、わかったふりをして読み進めてしまいますけどね(笑)」

プロフィール

1976年8月29日愛知県生まれ。高校在学中より自主映画製作を始め、'95年、大阪芸術大学映像学科に入学。熊切和嘉監督と出会い『鬼畜大宴会』にスタッフとして参加。その後、初の長編映画『どんてん生活』でゆうばり国際ファンタスティック映画祭オフシアター部門グランプリを受賞。そのほか、『くりいむレモン』、『リンダ リンダ リンダ』、『松ヶ根乱射事件』などを手掛ける。また、'07年に発表した『天然コケッコー』は、第32回報知映画賞監督賞、第62回毎日映画コンクール日本映画優秀賞など、数々の賞に輝いた。

著作紹介

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