平田竹男さん

通産省の官僚から日本サッカー協会に転身。そして、現在は早稲田大学大学院教授という異色のキャリアの持ち主である平田竹男さん。Jリーグ発足からW杯初出場、以来、各年代の世界大会の常連組に......と飛躍的な成長を遂げてきた日本サッカー界。その裏側で知られざる"ピッチ外の戦い"を繰り広げてきた男の座右の一冊とは―――。

不利な戦いにこそ、勝利の醍醐味がある

何かデカいことがしたい。ならば、世界が相手だ。

俺の空―本宮ひろ志傑作選 (1) (集英社文庫―コミック版)
『俺の空―本宮ひろ志傑作選 (1) (集英社文庫―コミック版)』
本宮 ひろ志
集英社
669円(税込)
商品を購入する
>> Amazon.co.jp
>> HonyaClub.com
>> ローソンHMV

通商産業省(現・経済産業省)の官僚として、1993年のJリーグ発足、2002年の日韓W杯招致に携わり、その後日本サッカー協会に転身。日本代表チームの国際試合を取り仕切る“マッチメイク"を手がけ、現在は早稲田大学大学院で「スポーツビジネス」の教鞭をとる平田竹男さん。その異色のキャリアへの一歩を踏み出した裏には、ある一冊のマンガの存在があった。

「中学からサッカーを始め、大学でもサッカー部に所属し、相変わらずボールを蹴ってばかりいた僕が、“競技者としてのサッカー"を諦めたのは大学3年の頃です。プロになれるほどの力量ではない。でも、このまま、漫然と社会人になるのもつまらない。そんな悶々とした思いを持てあましていたときに出会ったのが『俺の空』。主人公の無頼さに憧れ、自分も世界を相手に何かデカいことをしてやろうと思ったんですね」

官僚への道を決定づけた、ある出会い

官僚たちの夏 (新潮文庫)
『官僚たちの夏 (新潮文庫)』
城山 三郎
新潮社
637円(税込)
商品を購入する
>> Amazon.co.jp
>> HonyaClub.com
>> ローソンHMV

当時、日本はバブル経済の真っ只中。平田さんは連日のように報じられる日米貿易摩擦のニュースを見ながら、「国家公務員になろう。それも通産省で、日本の将来設計に携わろう」と決意を固めたという。

「官僚を主人公とした経済小説『官僚たちの夏』の影響も大きかったかもしれません。戦後の混乱期にあった日本を経済大国に導いた官僚たちの姿を描いた作品なんですが、実在の人物をモデルにしている。こんなに自由な官僚がいるのか、と俄然、興味が沸いてきました。しかも、ちょうどその頃、キャンパス訪問で大学にやってきた通産省の若手官僚が、私の質問に答えられずにいる姿を見て、『これなら俺にもできるだろう』と、すっかりその気に(笑)」

留学時代のサッカー仲間は、凄腕エージェント

通産省に入省後、平田さんはハーバード大学ケネディスクールに留学する。そして、同大学の自治会役員にアジア人で初のトップ当選を果たす。

「自治会選挙というと、日本人にはピンとこないかもしれませんが、ハーバード大学のケネディスクールは政治の大学院なので、選挙への関心が高いんです。同級生のアドバイスで『日本人が自治会の財政を担当すれば、ケネディスクールがカリフォルニア州を買える!』なんてアホな選挙演説をしたら、会場は拍手喝采。当時は、日本企業がロックフェラー・ビルやコロンビア・ピクチャーズといった米国の象徴のような企業を買収し、“黄色い災い"と言われていたほど。そんな日本人のイメージを逆手にとる作戦が見事に効を奏したんです。ちょうどその頃、サッカー好きの同級生とサッカー部をつくり、そのユニフォームに対する予算配分が「ネポティズム(身びいき)だ!」と言われたのも、懐かしい思い出です」

一緒にサッカー部を発足させた同級生は、今ではドイツ代表チーム主将のミヒャエル・バラックの代理人を務めているという。

「当時はお互い、ただの“サッカー好き"だったのに不思議なものです。バイエルン・ミュンヘンと浦和レッズが対戦した際に再会し、『お前よりもサッカーの仕事で儲けているぞ』と自慢されました(笑)。留学は有形無形さまざまなものを与えてくれました。同級生たちとの人脈はもちろん、留学生活の中で身につけた交渉術は、確実にその後の“ピッチ外での戦い"に活きています」

仕事に対するスタンスを方向づけた一冊

ザ・ワーク・オブ・ネーションズ―21世紀資本主義のイメージ
『ザ・ワーク・オブ・ネーションズ―21世紀資本主義のイメージ』
ロバート・B・ライシュ,中谷 巌
ダイヤモンド社
2,307円(税込)
商品を購入する
>> Amazon.co.jp
>> HonyaClub.com
>> ローソンHMV

ハーバード時代の恩師ロバート・ライシュ教授との出会いも、また平田さんに大きな影響を与えたとか。

「留学していた頃に、徹底的に読み込んだ『ワーク・オブ・ネイションズ』は、今でも座右の一冊です。ライシュ教授は、この本の中で教育に対して投資し、個人を育てることこそが、国際的な競争力を生むと説いている。これは今まさに僕がスポーツ界でやろうとしていることにつながります。その意味でいうと、この本は、僕の仕事に対するスタンスを方向づけた一冊とも言えます」

帰国後3年でJリーグ発足。そして、サッカー協会への転身

留学で帰国した平田さんは3年で、Jリーグを発足。その後、ブラジル日本大使館勤務、中東やカスピ海湾岸諸国との資源交渉を担当した後に、経済産業省を辞し、日本サッカー協会の専務理事に就任する。

「子供の頃から思い描いていた『プロサッカー設立、W杯日本開催、そしてサッカーくじ』という3つの夢に、幸運にも仕事として関わることができ、達成することができました。これまでは行政に身を置きながら、サッカーに貢献する立場だったけれど、これからはスポーツ界に身を置きながら、国益に貢献したいと考えたんです」

資源外交と、サッカーの意外な共通点

ゴールの軌跡―釜本邦茂自伝
『ゴールの軌跡―釜本邦茂自伝』
釜本 邦茂
ベースボールマガジン社
1,258円(税込)
商品を購入する
>> Amazon.co.jp
>> HonyaClub.com
>> ローソンHMV

平田さんが経済産業省で手がけていたエネルギー政策とサッカーは、一見するとまったく異なるように思える。しかし、じつは意外な共通点があるという。

「官僚時代には、資源がない国である日本を強くするのが仕事でした。そのために、戦後の復興期における施策を勉強したことは、サッカーという新たなフィールドで戦う上でも役に立っています。サッカーもまた、日本にとっては“資源"が乏しい分野でしたから。そこで勝つためには徹底した努力と準備が必要。ただ、日本は、やろうと思ったことを逆算し、きちんと設計すれば、何でも実現できる素晴らしい国だとも思います。やりたいことがあるのに、実現できずにいるとしたら、戦う前に諦めているか、戦い方を間違えているだけなんです」

勝つことへの徹底したこだわり。その原点になっているのは、日本サッカー最強のストライカーとして知られる釜本邦茂選手の自伝『ゴールの軌跡』だとか。

「高校生の頃に読んだ本ですが、今でも大好きな一冊です。釜本さんは日韓戦のロスタイムでのゴールもそうですが、土壇場のところで唯一ゴールを決めることができた選手。でも、得点しても嬉しくない、勝たなくてはいけないと言うんですね。当時、僕が通っていた高校は進学校で、サッカー部も負けることを前提に試合をしているような弱いチームでした。僕自身は1年生からレギュラーで、点をとるだけで喜んでいたけれど、これではいけないと。どうすれば、チームが勝てるようになるのかを真剣に考えるようになったんです」

そして、現在、平田さんは“教育"という新たなフィールドで戦い続けている。

「ハタから見れば、単なる無鉄砲に見えても不思議ではない、ジャンルの飛び越えかたができるのは、根っからのFW気質だからなのかもしれません(笑)。ただ、予習にばかり夢中になっていると、なかなか前に進めません。霞ヶ関でもよく見かけましたが、“勉強好き"タイプには『全部を知っているけれど、何もできない』という人が少なくない。知識を仕入れることも重要ですが、それ以上に自分がこれから何をしたいのか、考えることが重要です。そうすると、次にとるべき行動もおのずとわかってきます」

プロフィール

1988年ハーバード大学ケネディスクールにて行政学修士(MPA)取得。ブラジル大使館一等書記官、資源エネルギー庁 石油・天然ガス課長を歴任し、日本サッカーリーグプロ化検討委員会オブザーバー、ワールドカップ日本招致委員会などを勤め、Jリーグ設立やワール ドカップ日本招致に尽力。2002年経済産業省を退官後、財団法人日本サッカー協会専務理事などを経て、現職は早稲田大学大学院スポーツ科学研究科教授、 早稲田大学資源戦略研究所副所長。東京大学工学博士。野球の桑田真澄や水泳の平井伯昌コーチの担当教授として知られる。近著に「サッカーという名の戦争」(新潮社)がある。

著作紹介

サッカーという名の戦争―日本代表、外交交渉の裏舞台
『サッカーという名の戦争―日本代表、外交交渉の裏舞台』
平田 竹男
新潮社
1,404円(税込)
商品を購入する
>> Amazon.co.jp
>> HonyaClub.com
>> ローソンHMV