伊賀大介さん

MEN'S NON-NOなど人気ファッション誌のスタイリストとして活躍する他、エレファントカシマシ、くるりなどのアーティストのスタイリングや映画や舞台の劇中衣装も手がける伊賀大介さん。著名なアーティストやモデルたちの魅力を引き出す卓越したセンスで定評があるトップスタイリストが選ぶ一冊とは――。

100冊の本を読めば、101通りの人生を体験できる

19歳で出会った、運命の一冊

今日の芸術―時代を創造するものは誰か (光文社知恵の森文庫)
『今日の芸術―時代を創造するものは誰か (光文社知恵の森文庫)』
岡本 太郎
光文社
605円(税込)
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ファッション誌や広告、映画や舞台のスタイリングと幅広い分野で活躍する伊賀大介さん。 「伊賀文庫」(MEN'S NON-NO)や「人間万事塞翁が伊賀」(papyrus)などのコラム連載も手がける伊賀さんは、ファッション界きっての“活字中毒"でもある。

「印刷物が好きなんですよ。移動中も、フリーペーパーでも何でもいいから、何かしら“印刷されているもの"を読んでいたい。それこそ、活字を読めるなら、キオスクで売っている官能小説でもいい! みたいなところがありますね(笑)。最近はだいぶ落ち着きましたけど、昔は撮影現場での待ち時間でも、ろくに話もせず、ずっと本を読んでいました」

そんな伊賀さんの座右の一冊は、岡本太郎の『今日の芸術』。19歳の時に偶然、書店で手にとって以来、100冊以上(!)も購入しているという。

「僕ね、好きな本を人にあげるクセがあって、『この本は読んだほうがいい』と思うと、勝手に買って押しつけちゃう(笑)。中でも、一番買っているのがこの『今日の芸術』です。 いろいろな人にあげているし、アシスタントにも絶対読ませる。“芸術の本質"について書かれている本なんですが、そこにはものづくりに携わる人間が持っておくべき矜持や、あるべき姿についてのメッセージが詰まっている。読むたびに気合いが入る一冊です」

全巻読破の達成感が、無類の本好きになるきっかけに。

怪人二十面相 ―少年探偵 (ポプラ文庫クラシック)
『怪人二十面相 ―少年探偵 (ポプラ文庫クラシック)』
江戸川 乱歩
ポプラ社
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伊賀さんが“本の虫"になったきっかけは、江戸川乱歩の少年探偵団シリーズ。当時、通っていた学童保育所の図書館で出会い、1年近くかけて読破したという。

「図書館にあった本の中で、一番長いシリーズものだったという理由で読み始めたら、あまりにも面白くて、夢中になって読んでいましたね。最初は“ご近所の謎とき"レベルだったのが、シリーズが後半になればなるほど、登場人物がどんどん増えて、起きる事件も過激になっていくのがまた面白くて。また、コンプリートできた時の達成感に、たまらないものがあったんです」

じつは消去法だった!? スタイリストへの道

まんが道 (1) (中公文庫―コミック版)
『まんが道 (1) (中公文庫―コミック版)』
藤子 不二雄A
中央公論新社
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高校時代には、授業中も勉強そっちのけで好きなバンドの歌詞を訳したり、洋雑誌を読む日々を送っていたという伊賀さん。スタイリストになる。そう決意したきっかけも、洋雑誌だった。

「ものすごく格好いいファッションページがあって、『自分もこういうものを作る仕事がしたい』と思ったんです。それでクレジットを見たら、いろんな人が関わっていることがわかったんですね。僕は機械が全くダメなので、カメラマンになるのはまず無理だろうと。絵心がないから、ヘアメイクも多分無理だし、モデルも間違いなく無理となった時に、最後に残ったのがファッション・エディター。いろいろ調べてみたら、日本ではスタイリストの仕事らしいということがわかって、『よし、じゃあ、スタイリストになるぞ』と勝手に決めてしまったんです(笑)」

高校卒業後はスタイリストの熊谷隆志さんに師事し、約3年間のアシスタント生活を経て独立。アシスタント時代の伊賀さんを支えた一冊。それは藤子不二雄の自伝的漫画作品である『まんが道』だ。

「やりたいことをやるには、これぐらい頑張らなくてはいけないということを教えてくれる一冊です。師匠である手塚治虫の『ジャングル大帝』の原稿を見た時に、その後ろに銀河系が見えるというくだりが登場するんですが、自分がアシスタントをやってみると、その感覚がすごくよくわかる。読むたびに『満賀くんも、才野くんもあれだけ徹夜しているんだから、負けてられねえ!』と思っていました(笑)」

オトコの生き様を感じさせる“無頼文学"という存在

真剣師小池重明 (幻冬舎アウトロー文庫)
『真剣師小池重明 (幻冬舎アウトロー文庫)』
団 鬼六
幻冬舎
617円(税込)
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装丁に惹かれて“ジャケ買い"をすることもあれば、読んでいた本の中に登場する別の作品や人物、テーマを追いかけるといった“枝葉読み"もする。まさに、縦横無尽な読書ぶりの伊賀さんだが、あえて最も好きなジャンルをあげるとしたら、“アウトサイダーもの"だという。

「一番ベタなところで言うと太宰治も好きだし、尾崎放哉や種田山頭火も好き。山城新伍さんの『おこりんぼさびしんぼ』も最高ですね。あと、団鬼六さんの『真剣師 小池重明』もいい! プロを凌ぐほどの実力を持ちながら、破滅的な人生を歩んだ将棋指しの伝記小説なんですが、その破天荒ぶりにしびれる。大崎善生さんの『聖の青春』や『将棋の子』、森山大道さんの『犬の記憶』も、根本敬さんの『特殊まんが-前衛の道』大竹伸朗さんの『既にそこにあるもの』もそうですが、世の中にはこんな人たちがいるんだという驚きをくれる本を読むと、何か自分の中でフツフツと沸きあがってくるものがありますね」

僕は浅草キッド・キッドなんです

男子のための人生のルール
『男子のための人生のルール』
玉袋 筋太郎
理論社
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「浅草キッド」の大ファンで、著作はもちろん、書評で勧められている本は片っ端から読むほどだという伊賀さん。

「僕は例えて言うなら、浅草キッド・キッドのようなもの(笑)。『アントニオ猪木自伝』もそうですし、『ただ栄光のために』も水道橋博士さんの書評がきっかけで読みました。どの本もオトコの生き様のようなものを教えてくれる。よりみちパン!セシリーズから出ている玉袋さんの『男子のための人生のルール』も好き。この“よりパン"シリーズって中学生ぐらいの子供向けに書かれている本なんですが、大人が読んでも相当面白い。森達也さんの『いのちの食べ方』や杉作J太郎さんの『恋と股間』もおすすめです」

ネット検索だけでは手に入らない、印刷物の快楽

印刷物を通してインプットしたものは、自分の中に残りやすい。しかも、そこには インターネットのリンクを飛んでいくだけではわからないものがたくさんあるというのが伊賀さんの持論だ。

「中学の頃、確か国語の先生だったと思うんですけど『100冊本を読んでいる人は、101通りの人生を知ることができる』と言われたことがあるんですよ。一冊も本を読まない人もいるし、別にそれはそれでいいんだけれど、一冊も本を読まないということは自分の人生しか知らないことになる。でも、100冊の本を読めば、それがフィクションであれ、ノンフィクションであれ、本を通じて100通りの人生を体験できる。自分の人生と合計すると101パターンになる。これから先、生きていく上でたった一つしか知らないより、101通り知っていたほうがいいんじゃないかと。今は、ネットで何でも検索できるような便利な時代になっているけれど、知っているキーワードが浅ければ、深みのある情報は手に入らない。本を読むことで自分の中の引き出しを増やすことは、面白いものやカッコいいものに出会うチャンスを増やすことにもつながると思うんです」

プロフィール

スタイリスト。1996年 スタイリスト熊谷隆志氏に師事
1999年 独立してスタイリストとして活動開始。 ファッション誌、PV、 広告の他、最近では映画や舞台、そしてコラム執筆など活動の幅を広げている。