第98回:藤谷治さん

作家の読書道 第98回:藤谷治さん

現在、青春音楽小説『船に乗れ!』が話題となっている作家、藤谷治さん。主人公の津島サトルと同じく音楽教育を受けて育った少年は、どのような本と出合ってきたのか。幅広いジャンルの本と親しみ、大学生の頃にはすでに小説家を志していた青年が、デビューするまでに10数年かかってしまった理由とは。藤谷さんが経営する下北沢の本のセレクトショップ「フィクショネス」にて、たくさんの本に囲まれながらお話をうかがいました。

その3「批評の時代の洗礼」 (3/7)

――高校は音楽科に進学したわけですが、読書の時間はありましたか。

藤谷:読書量は減りましたが、長距離通学になったんです。小田急線で藤沢から登戸に行くまでの間にずい分読んだ気がします。相変わらずドストエフスキー、ニーチェも読んでいましたし、カントやキェルケゴールも読みました。このあたりは、音楽の話を哲学的に語っているんですよね。カントは音楽が大嫌いでしたけれど。僕は原理的なものが好きだったんですね。カントも「~批判」って題名のものをよく書いている。でもそれはヴァレリーなみに残っていません(笑)。

――『船に乗れ!』のサトル君もニーチェを読んでいますよね。

藤谷:僕はサトル君よりももっと分かっていなかったと思います。彼はいい引用をしているし。僕は原理論とか決定版みたいなものがないかなと思っていたんですよね。それで高校の時に新約聖書を読んだんじゃないかな。おじいさまがクリスチャンだったので、子供の向けの聖書物語は小さな頃から読んでいましたけれど、開高健が「無人島に持っていくなら文語訳の聖書だ」と言っているのを読んで、それで自分も読みました。

――チェロのレッスンを受けながら、夜は本を読み。

藤谷:そして午前1時になるとラジオで「オールナイトニッポン」を聞く(笑)。午前3時まで起きていられたら勝ち、という。

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――小説は何を読んでいましたか。

藤谷:『ジャン・クリストフ』。親父の棚にあったヘルマン・ヘッセもよく読みましたね。

――『ジャン・クリストフ』といった大長編を読むことを苦としなかったんですか。

藤谷:長いもののほうが記憶に残りますよ。読んだ達成感で覚えているんでしょうね。ただ、いまだに『戦争と平和』は読んでいないんです。何回トライしても途中でくじける。あとは高校の頃にアガサ・クリスティーやシャーロック・ホームズなどの探偵小説を読みました。エラリイ・クイーンのドルリー・レーンものは読みました。ハードボイルドはチャンドラーしか読んでいないけれど、それは大学に入ってからかな。

――そして大学生活の読書は。

藤谷:乱読につぐ乱読です。二浪したんですが、浪人時代に高橋源一郎の『さようならギャングたち』を読みました。そのあたりから現代における文学のあり方を考えるようになりました。音楽をやめて映画青年になりましたし。それに80年代といえば知る人ぞ知る批評の時代。大岡昇平がそう言ったんですよね。批評ということでまず蓮実重彦を読み、蓮実重彦が対談しているから江藤淳を読み、同じように柄谷行人を読み。そういう人が軒並み気にしているので吉本隆明も。そのあたりと糸井重里、いとうせいこうも読みましたね。『ビックリハウス』という雑誌があったんですよね。あとは橋本治とか。そうなってくると、読む本がリファレンスになってくるんです。参考文献みたいなものを選ぶようになる。筒井康隆がドナルド・バーセルミのことを言うし、高橋源一郎もバーセルミと言うからバーセルミを読む。蓮実重彦が言うから後藤明生や藤枝静男、柄谷行人が言うからシェイクスピア、江藤淳が言うから小島信夫を読む。当時どういうわけか、学習のために必要な本については学校から月5000円出してくれたんです。僕はそれで角川書店の『三遊亭円朝全集』を3巻か4巻ぐらいまで買いました。あの時に全部揃えておけばよかったなあ。円朝の影響も僕にとっては大きいですから。

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