第102回:椰月美智子さん

作家の読書道 第102回:椰月美智子さん

講談社児童文学新人賞から作家デビューし、その後はバラエティ豊かな短編集や家族の小説、恋愛小説、さらには赤裸々なエッセイなど作品の幅を広げ続けている椰月美智子さん。意外にも幼い頃は本を読まなかったという椰月さんが、大人になってからよさを知り、今も読み返している作家とは? そして、つい最近、強烈なインパクトを与えられた小説とは? とっても率直な語り口とともにお楽しみください。

その2「元カレのひと言で作家に」 (2/3)

――どうして小説を書こうと思ったのでしょう。

椰月:元カレと飲む機会があって、その頃お互いに仕事がうまくいっていなくて、愚痴を言い合っていたんです。そのときに「こうなったら小説家にでもなろうかな」と、ひとこと言ったら「あ、なれるんじゃない?」って言われて。そのときは、世の中に1冊でも本が出れば一生食べていけると思っていたんです。だから「小説家にでもなろうかな」というのも、「宝くじでも買おうかな」みたいな喩えだったんですが、「なれるんじゃない?」と言われたら「ああそうか、なれるんだ」って、やけに納得しちゃって(笑)。それまで本なんて、ろくに読んでもいなかったのに(笑)。それで書いて、応募しました。

――元カレは見る目がありましたね!

椰月:いえ、ホントにテキトーに言っただけだと思います。それで、それまで一切書いたことがなかったのにいきなり書き始めて、その年に出したものは駄目で、2年目に『十二歳』を書きました。出来上がってから「公募ガイド」を見たら、期日が間に合うのが講談社児童文学新人賞しかなかったんです。それで、タイトルも『十二歳』だし、児童文学でも合うんじゃないかと思って出して...。

――あ、児童文学はまったく意識していなかったんですね。そして最終選考に残ったという知らせが来たときは...。

椰月:電話がかかってきたんです。あの瞬間が人生でいちばん嬉しかったときです。ああ、これでもう、あっち側に行けたんだ、と思いました。目の前に線が引かれていて、向こう側に行けばもう大丈夫なんだって。最終選考に残ったというだけで、まだ受賞が決まったわけでもなかったのに、ものすごく嬉しかったです。おかげさまで受賞できましたが。

――それにしても、いきなり小説を書くのは大変ではなかったのですか。

椰月:スラスラ書いたわけでもないんですけれど、でも適当に書いたので...。

――適当って。背伸びせずに、適切に、って意味だと受け取ります(笑)。それが02年のことですね。

椰月:それまでは本が一冊出たら食べていけるって、ばかみたいなことを本気で思っていたんですが、本が出る頃にはそんなことはないと気付きました(笑)。次を書こうとは思っていませんでしたが、担当の方に言われて、あっ、書くんだ、と思って。ただ、仕事が忙しくて書く時間もなかったので、ほとんど書いていませんでした。

――06年刊行の『しずかな日々』で野間児童文芸賞と坪田譲治文学賞をダブル受賞されましたよね。

椰月:それから他の出版社さんからも依頼をいただくようになって、文芸誌に掲載させてもらったりして、ようやく出版業界の仕組みがなんとなくわかってきました(笑)。一昨年、去年あたりはいろんなところで書かせていただきました。当初、連載は不安でしたが、テーマがだいたい決まっているので、軸があれば書いていけるんだなあと思いました。それに締め切りがあるので、それに向かって書くしかない。

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――椰月さんはいつも締め切りよりもはやめに原稿を仕上げるそうですね。

椰月:もちろんです(笑)。ギリギリに書くなんて心臓に悪いですから。

――すごい...。ところでデビュー後も、読者層は意識せずに書いてこられたのですか。

椰月:そうですね。雑誌『飛ぶ教室』から依頼されたときは、読者が子どもなので少し考慮しましたが、その他のいわゆる児童書と言われるものも、大人の方に読んでもらいたい気持ちで書きました。子ども向けの本って、中には「ちょっと違うんじゃない?」っていうものもあると思うんです。子どもを軽んじているみたいな。子どもって、ものすごく敏感なので、見えすいたものだけは書きたくないと思っています。

――読書生活は変わりましたか。

椰月:担当の方に薦められたものなどを読むようになりました。あとは、川端康成、夏目漱石、三島由紀夫...などの日本文学を、はじめから読みたいです。太宰治は短大のときにちょっと読んでいたんですが、改めて読もうかと。向田邦子さんや田辺聖子さんも作家になってから読みましたが、やっぱり本当に面白いです。 若い作家さんたちが書いているのを見ると、純粋にすごいなって思います。たとえば20歳という年齢で小説を書こうと思った発想がすばらしい。自分がその年頃のときなんて、小説を書くなんてまるで思いつきもしませんでしたから。

――よく読まれる作家や、最近お気に入りの本はありますか。

椰月:最近、人から面白いよと言われて読んだのが北大路公子さんのエッセイ『生きてもいいかしら日記』。読書日記のところで、藤原ていの『流れる星は生きている』と中上健次の『枯木灘』が紹介されていて、その2冊を読みました。そうしたら『流れる~』にものすごく感銘を受けて。もう、打ち震える感じでした。今、毎日生活していて、この本のことを1日1回は必ず思い出します。母1人で幼い子ども3人を抱えて、満州から引き揚げてくる話ですが、つい今の自分と比べてしまいます。うちにも1歳と3歳の子どもがいるんですが、二人を連れて近所のスーパーに行くだけでもヘトヘトに疲れるっていうのに、はるか満州からですよ!ああ、泣けてくる...。偉すぎます。尊敬という言葉だけでは、ぜんぜん足りません。

――そういえば、海外小説は読まないのですか。

椰月:村上春樹さんが翻訳しているということがきっかけで、レイモンド・カーヴァーを読みました。学生時代に読んだときは何がなんだかわからなくて、本棚に入れっぱなしだったんですが、30歳を過ぎて読んだら見事ツボにハマりました。こんなに面白かったんだと気付いて何度も読み返しています。オチもないし、日常の当たり前のことを書いているんですが、そこから不穏な感じがビシビシと伝わってくる。読めば読むほど面白いし、新しい気付きがありますね。『夜になると鮭は...』の中に入っている「クリスマスの夜」「羽根」が特に好きです。実は短編集の『みきわめ検定』と『枝付き干し葡萄とワイングラス』は、カーヴァーのように書きたくて書いたものです。

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