第111回:梓崎優さん

作家の読書道 第111回:梓崎優さん

2008年に第5回ミステリーズ!新人賞を受賞、その受賞作を第一話にした単行本デビュー作『叫びと祈り』で一気に注目の人となった梓崎優さん。今後の活躍が大いに期待される新鋭の読書遍歴とは? 覆面作家でもある著者に、特別にお話をおうかがいしました。

その3「新本格の面白さを知る」 (3/5)

十角館の殺人 <新装改訂版> (講談社文庫)
『十角館の殺人 <新装改訂版> (講談社文庫)』
綾辻 行人
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麦酒の家の冒険 (講談社文庫)
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西澤 保彦
講談社
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叫びと祈り (ミステリ・フロンティア)
『叫びと祈り (ミステリ・フロンティア)』
梓崎 優
東京創元社
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――大学時代の読書生活はいかがでしたか。

梓崎:経済学部だったことと、歴史系のサークルに入ったことから、最初は新書や数学、歴史学の本といった、今まで全然読んだことのなかった分野をあたっていました。2年生くらいになってまた小説、それもミステリを読むようになったんです。推理劇を書いてから3年経って、そろそろミステリを読んでもいいんじゃないかと思って。ああした読み方をしたのはもったいなかったんじゃないかと、いやむしろ読み直さないと小説の神様に失礼なのではないかという、罪滅ぼし的な気持ちですね。海外のミステリはハードルを感じたので、友人に国内で誰でもいいから1冊教えてと言ったら、綾辻行人さんの『十角館の殺人』を教えてくれたんです。最初は読み終えても何が起きたか分からなくて、2日くらい考えて「あ、そういうことだったんだ」と分かりました。それまで叙述的な仕掛けを意識して読んだことがなかったんですよね。宮部さんの作品にも叙述的な仕掛けはあったけれど、そうでない部分を主眼として読んでいたので、わりとすんなりと状況が飲み込めたんです。それで綾辻さんを読んで、こういう小説があるのか、と思ってハマったというか。そこから綾辻さんの「館」シリーズを読み、有栖川有栖さんの「学生アリス」シリーズを読み...あとは西澤保彦さん。『麦酒の家の冒険』は何度も読みました。無人の一軒家から異様な量の冷えた缶ビールが見つかる、という謎を大学生が件のビールを呑みつつ推理する物語なのですが、飛躍を繰り返す推理の酩酊感がたまりません。最初はこの3人の方の小説を追いかけていました。新本格といったジャンルはよく分かっていなかったし、それまでの古典の本格の知識もなく読んでいたんですけれど。

――ところで、歴史系のサークルに入っていたということですが、これは。

梓崎:考古学のサークルだったんですが、4年間で1回も掘ったことがない(笑)。昔は掘っていたらしいんです。もともとは大学に民族考古学をやる学部がないからサークルで補っていたようなんですが、後に学部専攻ができたので必要がなくなったみたいで。考古学という名前は残っているけれど、歴史好きが集まっているだけでした。活動は、真面目なものでいうと勉強会みたいなことをやりました。みんな守備範囲がばらばらで好き勝手やっているので、取り上げられるテーマもカニバリズムから暗殺者教国まで、歴史の王道とはなんら関係なく。大学院を狙っているような人たちも所属していて、マニアックでした。

――それが真面目なもので、不真面目なものというと。

梓崎:ただ飲んでいただけです(笑)。そのサークルで年に3冊くらい、それぞれ好きなことを書いたレポートをまとめて冊子にして配布していたんです。レポートなので小説とは関係ないんですけれど、文章を書くという作業は結構こなしていました。私自身は15世紀以降の西洋史に興味がありました。大航海時代などですね。あとは経済学の歴史もやりましたし、最後はピカソについて書いたので、もう全然縛りがないですよね。

――梓崎さんの単行本デビュー作『叫びと祈り』を読んでの勝手なイメージですが、夏休みなどはバックパッカーとなって海外を放浪したりはしなかったのですか。

梓崎:実は旅行はあまりしていなくて。卒業旅行で海外に行って、行ける時に行っておかないともったいないと思って、社会人になってから夏休みに旅行をしたりはしましたが、数的にはそれほどでもないです。沢木耕太郎さんみたいなことはやってないです。でも、『叫びと祈り』も、あまり行きたいと思える場所は舞台になっていませんよね(笑)。第二話の「白い巨人」は、実在するスペインの街をモデルにしているのですが、その場所には行きました。

――小説を書き始めたのはいつ頃なんでしょう。

梓崎:学生の頃、ミステリを読んでいるうちに、自分でもできないかなと思って書いたものがあるんです。サークルの会報誌に載っているんですが、もう原本は消滅していると思います。サークルの中の人にしか効果を発揮しない叙述トリック、いわば内輪ネタです。非常に単純なトリックです。サークルの人がぞろぞろ出てくるんですが、実は男女が入れ替わっている。サークルの人が読むと男女を誤認するんですが、外の人が読むと正しい性別で読めてしまうという。それを読んでもらって、反応があるのって面白いなと感じたことが、後にモチベーションになったのかもしれません。でも自分の中ではちゃんとした小説を書いたというよりは、あくまでも片手間にゲーム感覚で書いたものです。それが大学3年の時ですね。

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――その頃はどんな本を読んでいたのですか。

梓崎:ミステリでは、綾辻さん、有栖川さん、西澤さんの他には、北山猛邦さんの作品を読みました。私は個人的には新本格って時代じゃなくてジャンルのひとつだと思っているんですが、その新本格の極北に立っているのが北山さんだと思うんです。世界の構築と、その破壊の仕方に、『『アリス・ミラー城』殺人事件』を読んだ時は衝撃を受けました。今でも新作を楽しみにしています。雑食でいろんな本を読んでいたんですが、ミステリ以外では古川日出男さんの『沈黙/アビシニアン』を角川文庫で読んで、言葉の選び方や文体、小説としての圧力に衝撃を受けました。こういう迫力のある作り方をするのか、と思いました。

――読む本はどうやって選んでいたんですか。

梓崎:当時は本の話をする友達もあまりいなかったし、特にインターネットで調べるということもしていなかったので、本屋に行ってジャケ買いといいますか、手にとって面白そうなものを選んでいました。ジャンルに縛られていなかったので、ミステリを読んだ次の日に恋愛小説を読んで、次の日には冒険小説を読んで...という感じで。基本的には一人の作家さんをつきつめて読むというより、興味を惹かれたものを手にとっていました。表紙がすごいなと思って買った本として憶えているのは古川日出男さんの『ベルカ、吠えないのか?』。吠えてるんです。表紙で買って、読んで圧倒されました。

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