第112回:林真理子さん

作家の読書道 第112回:林真理子さん

小説もエッセイも大人気、文学賞の選考委員も務める林真理子さんが元文学少女だったことは有名な話。“小説の黄金期”をくぐり抜けてきたその読書遍歴のほんの一部と、作家になるまでの経緯、そして作家人生ではじめて書いたという児童文学『秘密のスイーツ』についてなどなど、おうかがいしてきました。

その3「デビュー作で一世を風靡」 (3/5)

――卒業してからは、いかがでしたか。

:就職難の頃でしばらくバイトして、コピーライターになりました。四畳半のアパートの、前の部屋に引っ越してきた女の子がコピーライターだったんです。その子に教えてもらって、とあるプロダクションに勤めたのがはじまり。最初は仕事があまり楽しくなかった。基本的に山梨の田舎の子なので、業界になじめなかったんです。お洒落でもないし、夜のディスコに行くなんてこともしないし。「君みたいにのっそりしていて本ばかり読んでちゃ何もできないよ」って言われていました。夜遊びに憧れはあったけれど、プライドが高いから真似なんてできない。仕事も深夜の2時、3時までだったし。たった5行くらいのどうってことのない文章を通してくれないから、うちに帰ってもずっと書いていました。お金もないから暖房は電気ゴタツだけ。あの頃はあまり本を読む余裕はなかったかもしれません。

――その後、糸井重里さんのところに行かれたんですよね。

:糸井さんはあまり言いたがらないけれど(笑)。最初に勤めたところでみんなにいじめられて辛くて辞めて、次のところでは総合スーパーのチラシを作っていたんです。毎日やっているうちに業界の底辺にいるようで気持ちが萎えてきて、結婚もできないし、未来がないなあと思っている頃に、糸井さんがコピー塾の生徒を募集しているのを見つけて。そこに行けば何かがあるんじゃないかと思って参加して、いちばん前に座って「ハイハイ」って質問していたら、面白い子がいるってことで電話番をすることに。そこからフリーで仕事をするようになったんです。そこで有名なプロデューサーの秋山道男さんとも知り合いました。その頃って西武系のクリエイターが輝いていた頃なんですが、西武から子供向けのPRブックを作ってくれとが秋山さんに声がかかって、「熱中なんでもブック」というのが創刊されて。そのスタッフとして声がかかって集合したのが、私や中野翠さんだったんです。80年代に入って広告業界が花開いていくんですよね。糸井さんの事務所がセントラルアパートにあって、YMOのジャケットの写真を撮っていた奥村靫正さんという、後に『ルンルンを買っておうちに帰ろう』の装丁を手がけてくださった方とも知り合ったり。時代の先端に触れていくうちに私も髪をテクノカットにしたり、だんだん業界人ぽくなっていきました。この頃は何を読んでいたんだろう。サブカルが面白くて、あまり小説を読んでいなかったんじゃないかな。YMOとかシーナ&ロケッツとかの音楽にいっちゃっていたかも。ああ、そうだ、椎名誠さんが出てきたんです。昭和軽薄体と呼ばれる軽い口調の文体のエッセイ。みんな椎名さんを読んでいましたね。同じく昭和軽薄体の嵐山光三郎さんがマスコミに出ていって司会とかを始めたりして、いわゆる作家ではない人が本を書いてヒットした時代だったんです。南伸坊さんが後に続いていましたね。田中康夫さんの『なんとなくクリスタル』もこの頃でした。...なんか文化史のようになりましたね(笑)。素人でもエッセイを出せば当たる可能性があったので、秋山さんに「林さんも本を出せば」って言われて。

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――西友ストア向けの広告コピーでTCC新人賞を受賞された頃ですね。

:スタイリストに「私も本を書きたい」って言ったら出版社に話を持っていってくれたんだけど、そこからは「コピーライターの本は出せない」って言われちゃった。まあいいやと思っていたら、秋山さんのところに主婦の友社の人が来ていて、声をかけてくれて。ちょうど広告の賞を取ったことから『ブレーン』という雑誌に「林真理子の広告批評」という連載を書いていて、それを面白いと言ってくれたんです。それで、『ルンルンを買っておうちに帰ろう』が出ることになりました。

――依頼を受けてから書き始めたのですか。

:最後はカンヅメ。締め切りを半年も伸ばして、最後はいい加減にしてくれ、と電報がくるようになってしまったんです。「どうやったら書くのか」と訊かれて「カンヅメにしてくれたら」と言ったら、主婦の友社が山の上ホテルに部屋を取ってくれたんです。費用は私持ちですけれど。コピーライターの仕事で儲けていたからよかったけれど、最終的に10日間くらいカンヅメをして、20万くらい払った覚えがあります。

――新人が山の上ホテルにカンヅメ...!

:作家はあそこに泊まるものと思っていたんです(笑)。スタンドもつけてくれてクッキーもおいてくれて、すごくよかった。

――それがベストセラーとなったんですよね。

:本1冊であんな風に派手に世の中に出てくるのって、今はもうありえないんじゃないかな。今でも作家として出てきて1作目が騒がれる人はいるけれど、作家以外では俵万智さんの『サラダ記念日』が最後だっていう説もありますよね。

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