第112回:林真理子さん

作家の読書道 第112回:林真理子さん

小説もエッセイも大人気、文学賞の選考委員も務める林真理子さんが元文学少女だったことは有名な話。“小説の黄金期”をくぐり抜けてきたその読書遍歴のほんの一部と、作家になるまでの経緯、そして作家人生ではじめて書いたという児童文学『秘密のスイーツ』についてなどなど、おうかがいしてきました。

その4「読みたい本は自分で買う」 (4/5)

真砂屋お峰 (中公文庫)
『真砂屋お峰 (中公文庫)』
有吉 佐和子
中央公論新社
843円(税込)
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サイゴンから来た妻と娘 (文春文庫 こ 8-1)
『サイゴンから来た妻と娘 (文春文庫 こ 8-1)』
近藤 紘一
文藝春秋
540円(税込)
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P.S.アイラヴユー (小学館文庫)
『P.S.アイラヴユー (小学館文庫)』
セシリア アハーン
小学館
864円(税込)
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親鸞 (上)
『親鸞 (上)』
五木 寛之
講談社
1,620円(税込)
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トモスイ
『トモスイ』
高樹 のぶ子
新潮社
1,512円(税込)
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海の仙人
『海の仙人』
絲山 秋子
新潮社
1,404円(税込)
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ばかもの
『ばかもの』
絲山 秋子
新潮社
1,404円(税込)
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――そこから一気に生活が変わって。

:そうそう。忙しくなってカンヅメばかり。各出版社いい人たちで、ほとんどホテルを2週間くらいとってくれて、後の2週間は自分でとって。夏服でホテルに入って、出る頃には秋になっていたことも。でも、そうはいってもこの頃も今も、ずっと本は読んでいますね。

――同世代の人たちの本ですか、それとも昔から敬愛している作家の作品ですか。

:その頃は同世代の人たちの本は売れていると、すごいな、なんで売れているんだろうと考えて、冷静には読めなかったかも。読み返したのは、やっぱり有吉佐和子さん。後に書いた『みんなの秘密』も有吉さんの『青い壷』のオマージュとして書いたものですし。『真砂屋お峰』の書き出しのうまさなんて、プロの作家になってはじめてどんなにすごいものか分かりました。あとはもう1回三島由紀夫を読んでレトリックがすごいなって。田辺聖子さんも子供の頃から読んでいたけれど、大人になってもう1回読むと、周到に用意されたアフォリズムのすごさに気づきました。プロになってから、そういう仕掛けがだんだん分かってきました。

――ノンフィクションはいかがでしたか。

:近藤紘一さんの『サイゴンから来た妻と娘』は思い入れの強い本です。直木賞をとった後に、初の長編『戦争特派員(ウォー・コレスポンデント)』を新聞で書いたんです。ベトナムで従軍したジャーナリストと若い女性の恋愛を書いたもの。もともとベトナム関連のこともすごく好きだったんですが、これは近藤紘一さんの本に触発されて書いたといえます。エッセイ賞やノンフィクションの賞を受賞したものは今でもよく読みますね。

――翻訳小説は。ご自身でも『P.S.アイラブユー』などの翻訳を手がけられていますが。

:ああ、あの翻訳は、無駄な部分を削る作業が大変でした。外国の翻訳ものは、パトリシア・コーンウェルなんかも読んではいたんですが、最近はあまり読まなくなったかな。翻訳文がまずいと、読む気がしなくなってしまって。でも、この間『おっぱいとトラクター』は読みました。あれは面白かったですね。

――ところで、かなり読むのがはやいと言われませんか。

:ほら、学生の頃、貸し本屋にはやく返さないといけなくて、すごい勢いで読んでいたから(笑)。今でも大阪まで新幹線に行くのに単行本を4冊くらい持っていくんですけれど途中で足りなくなる。だからできるだけ字がぎっしり詰まった、難しい本を持っていくようにしているんです。この間も五木先生の『親鸞』の上巻だけ持っていったらあっという間に読んでしまって「下!下!」ってつぶやいていました(笑)。

――読書記録をつけたことはないんですか。

:ないです。ブログで読書記録をつけている人がいるけれど、自分の知識をひけらかしているみたいに感じてしまう。冊数を記録して自慢しても何の意味もないと思う。まあ、女性週刊誌のブック欄に「月に3冊読む本の虫」なんてあると30冊の間違いじゃないかとは思うけど(笑)。私の場合は楽しみではなく、資料で読まなければいけない本もあるから冊数は多くなります。

――その後は、同時代の作家たちの作品もよくお読みになっている印象がありますが。

:この年になってくると、同時代の人の小説を読んで、素直にうまいなあって思います。若い人でもうまいなあって思う人もいるし。私、作家がいちばん作家のことが好きだと思う。本を読むのが好きな人たちなわけですから。そんなに世間が思っているほど嫉妬深くないですよ。私も新人賞は一生懸命読むし、この人にとってほしいと真剣に思う。それと、私はストーリーなら自信があるけれど、文章の組み立て方や比喩、つまり純文学の人たちの文章の緻密さには欠けていると思うんです。だからそういう人たちに惹かれます。先日高樹のぶ子さんの『トモスイ』を読んで、文章でこれだけ色彩を伝えてくるのはすごいなと思いました。山田詠美さんも昔から本当にうまいなって思っているし。最近では絲山秋子さん。芥川賞受賞作の『沖で待つ』もよかったけれど、『ばかもの』を読んだ時には、ひえー、うまいなー!って。

――ではエンタメはどうですか。例えば、直木賞の選考の時に重視するのはどこですか。

:小説としての面白さは大事ですよね。直木賞は文体で読ませる小説というよりも、スピーディーにストーリーを楽しませるエンタメの役割があると思います。芥川賞はもっと文学愛好家たちが支えている面もあるけれど、直木賞を待ち望んでいる人たちは普通の読者だから、お金をとれるエンタメかどうかは重視します。でもあまりにも雑な文章、荒っぽい文章だと、いくらストーリーがうまくても...。プロとしてお金が取れるものかどうかは大事。読んでいると、若い人で才能が光っている人って、わりとすぐ分かりますよ。

――最近の若手の新刊も読みますか。

:道尾秀介さんも読むし、伊坂幸太郎さんも読みますし。できるだけベストセラーは自分のお金で買って読むようにしています。

――お金を出して本を買う、という行為は大事だと思いますか。

:大事だと思います。私はいただく本も多いけれど、お金も出します。そして古本屋には売らない。本がたまったら地方の友人や近所の奥さんにあげるようにしています。

――今、蔵書の数は大変なことになっていますよね、きっと。

:本に埋もれています。後で読もうと思うものがどんどんたまっていく。仕事場もそうですし、うちは中庭があって上に渡り廊下があるんですが、その両脇は全部書庫になっています。

――絶対に人には譲らない本というのもあるわけですよね。

:昔から好きな、戦前の女の人の手記とか、歴史関係は手元においておきますね。あとは著者のサイン入りの本。あ、これは将来価値があがるかな(笑)。

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