第113回:湊かなえさん

作家の読書道 第113回:湊かなえさん

デビュー以降つねに注目され続け、最新作『花の鎖』では新たな一面を見せてくれた湊かなえさん。因島のみかん農家に育った少女の人生を変えることとなった本とは。社会人になってから青年海外協力隊の一員として滞在した南の島で、夢中になった小説とは。それぞれの読書体験のバックグラウンドも興味深い、読書道のお披露目です。

その2「人生を変えることになる2冊」 (2/6)

葡萄が目にしみる (角川文庫)
『葡萄が目にしみる (角川文庫)』
林 真理子
角川書店
473円(税込)
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天国にいちばん近い島 (角川文庫)
『天国にいちばん近い島 (角川文庫)』
森村 桂
角川書店
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ロビンソン漂流記 (新潮文庫)
『ロビンソン漂流記 (新潮文庫)』
デフォー
新潮社
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ふしぎな島のフローネ(1) [DVD]
『ふしぎな島のフローネ(1) [DVD]』
バンダイビジュアル
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全訳 源氏物語 一 新装版 (角川文庫)
『全訳 源氏物語 一 新装版 (角川文庫)』
紫式部
角川書店(角川グループパブリッシング)
761円(税込)
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あさきゆめみし(1) (講談社漫画文庫)
『あさきゆめみし(1) (講談社漫画文庫)』
大和 和紀
講談社
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ノルウェイの森 上 (講談社文庫)
『ノルウェイの森 上 (講談社文庫)』
村上 春樹
講談社
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――家にいる時はもっぱら読書三昧で。

:晩にはラジオを聴いていました。そうしたらラジオドラマで、林真理子さんの『葡萄が目にしみる』をやっていたんです。中2か中3の頃だったと思います。1回目から聴いていて、もうこれは自分の話だって思うくらいに、本当に本当に本当に感動したんです。それで、本を探して読みました。林真理子さんを読むようになって、コバルト卒業となりました。

――葡萄農家の女の子のお話ですよね。

:これはバイブルですね。主人公の乃里子は私だって思いました。冴えない田舎の子が、今はこういう状況でもきっといいことがあるかもしれないと思いながら大人になっていく。自分も最後に「よかったね」って言えるようになるんじゃないかって思いました。それからは節目節目に主人公のことを考えたし、普通に生活している時でも、今の自分は「よかったね」って言えるかなって問いかけていました。昔の友達に会った時に、今の自分はこれをしています、と胸を張って言えるかどうか。自分の人生を考える時に思い出す本です。それで、もうひと頑張りしたいなと思って、ものを書き始めたんです。あの小説によって、今こういうところまで引っ張ってきてもらえていると思いますね。本って、その時読んで面白かった、で終わるものもあるし、そこで種が蒔かれるというか、長く残っていくものもあるんだなって思います。

――今の湊さんがあるのは、『葡萄が目にしみる』があったからなのですね。

:もう一冊、森村桂さんの『天国にいちばん近い島』もすごく好きで。もともと母の課題図書の2冊目が『ロビンソン漂流記』だったし、テレビアニメの「南の島のフローネ」も好きで、いつか自分もどこかに行きたいなと思っていたところに、日本人の女の子が一般的には海外旅行が難しかった時代に、とある船の船長に手紙を書いてニューカレドニアにつれていってもらうという話を読んで、こんなことができるんだって思ったんです。自分も南の島に行きたくなって、そこから南の島探しが始まるんです。人がすでに行ったニューカレドニアだと、それは自分にとっての「天国にいちばん近い島」じゃない。どこか他にないかなと地図帳で探していて、トンガ王国を見つけました。「南の島に王様のいる国がある!」と驚いて、いつか自分がここに行こうと決めたんです。中学生の時の自分にとって人生を変えた二冊が、『葡萄が目にしみる』と『天国にいちばん近い島』ですね。

――トンガのお話は、この後出てきますよね。でもまずはそこに至るまでのお話を。高校生以降の読書生活を教えてください。

:高校の頃は、今度は外国人の作品を読んでみようと思い始めました。というのも通っていた塾の1階が書店で、週1回は立ち寄っていたんです。同じ塾で通っていた子たちもいて、「何買ったん?」と訊かれた時にちょっと格好つけたい年頃だったんですよね(笑)。ちょうどフェアでアガサ・クリスティーの本が平積みにされていたので、読んでみよう、と。『そして誰もいなくなった』を最初に買って、まあこれがむちゃくちゃ面白くてハマって、そこからは高校時代はずっとクリスティーを読んでいました。あとは『源氏物語』です。角川のアニメ映画が公開されていた頃で、中学を卒業した頃に新聞広告で上中下の3巻で与謝野晶子訳が出ていると知ったんです。もう高校生になるしちょっと読んでみようかな、と思って書店に行って、どこにあるか分からなかったので「『源氏物語』をください」といったら、「え!そんな難しい本おばちゃんよう分からんわ!ちょっと待って」と言ってどこかに電話をかけ始めたんです。数分後に、地元では有名な元国語教師の、強面のおじさんがすごく大きなボストンバッグをもって来て。その中から箱入りの本を何冊も出して積み上げていくんですよ。「中学生でこんなの読めるはずないだろう、ちょっとこの部分を読んでみなさい」って、原文で書かれた『源氏物語』を差し出すんですよ。「それではなくて...今日新聞に載ってた...与謝野晶子の...」と言ったら「はよそれを言わんかい!」って片付け始めて。与謝野晶子じゃ難しいんじゃないか、円地文子さんを読みなさい、いやその前に君は漫画の『あさきゆめみし』でいいよ、とさんざん馬鹿にされたように言われて腹が立って譲れなくなって、結局、与謝野晶子訳を買って帰りました。「分からなかったら買い取ってやる」とまで言われ、実際読んだら難しくて挫折しそうになったけれど、挫折したら「ほらみたことか」といわれると思って、意地になって学校の休憩時間も読んでいたんです。そうしたら同級生から「貸して」なんて声をかけられたりして。自分も『源氏物語』が好きという子が同じクラスにいて、その子は円地文子さんの訳を持っていたので、交換して読みました。結局『あさきゆめみし』も読みましたよ、面白かったです。

――なるほど、それで高校時代はクリスティーと『源氏物語』。

:クリスティーはたくさん著書がありすぎてお小遣いでは間に合わなかったんですが、一緒に登下校していた子に貸したらその子もハマって、二人で集めようということになりました。私はミス・マープルを、その子はポアロを集めて貸し借りしていたんです。なので、どっちが買ったものかすぐ分かる。

――現代作家の話題作のようなものは、読まなかったのですか。

:村上春樹さんの『ノルウェイの森』や、吉本ばななさんの『TUGUMI』や『キッチン』は、テレビなどでも大ベストセラーと言われていて、そうすると田舎の子供の感覚では、日本中の人が読んでいるような気がして、これは読まなきゃ、となりまして。親戚のおばちゃんが読んでいた雑誌に『TUGUMI』や『ノルウェイの森』から抜粋したお洒落な台詞が載っていたのを見て読んでみたくなった、ということもありますね。『ノルウェイの森』の「ジャングルの虎がみんな溶けてバターになるくらい君が好きだ」なんて、格好よさそうだな、って。どうしても手に入れたいと思っていたら、同じ部活の子が下巻の、緑の表紙のほうだけ持っていたんです。その子は緑色がすごく好きで、部屋に飾りたいから買ったと言うんです。だから私、最初に下巻を読んだんですよ。途中から読んだので、レイコさんって一体誰なんだろうって思いながら(笑)。

――おかしい(笑)。でも本を通じて学校でいろいろな交流が生まれていて、微笑ましいですね。

:かわいい巾着袋に入れて貸し借りしていたんです。男の子に貸す時はどの袋にしようかなって迷ったり、借りた本は汚さないように慎重に読んだり。教室内でちょっとした『源氏物語』ブームになったりしていて、今思うとすごく楽しかったですね。

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