第113回:湊かなえさん

作家の読書道 第113回:湊かなえさん

デビュー以降つねに注目され続け、最新作『花の鎖』では新たな一面を見せてくれた湊かなえさん。因島のみかん農家に育った少女の人生を変えることとなった本とは。社会人になってから青年海外協力隊の一員として滞在した南の島で、夢中になった小説とは。それぞれの読書体験のバックグラウンドも興味深い、読書道のお披露目です。

その5「30歳を過ぎて自問自答、投稿を始める」 (5/6)

メリーゴーランド (新潮文庫)
『メリーゴーランド (新潮文庫)』
荻原 浩
新潮社
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告白 (双葉文庫) (双葉文庫 み 21-1)
『告白 (双葉文庫) (双葉文庫 み 21-1)』
湊 かなえ
双葉社
669円(税込)
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死の接吻 (ハヤカワ・ミステリ文庫 20-1)
『死の接吻 (ハヤカワ・ミステリ文庫 20-1)』
アイラ・レヴィン
早川書房
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沼地の記憶 (文春文庫)
『沼地の記憶 (文春文庫)』
トマス・H. クック
文藝春秋
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――2年間の勤務を終えて帰国してからはどうされたのですか。

:淡路島で家庭科の講師をやって、翌年結婚して。もう11年淡路島にいます。トンガにいた頃はあんなに日本語が恋しかったのに、そこから読書から離れますね。いつでも買えると思うと読まなくなってしまうのかもしれません。27歳で結婚したんですが、31歳のときにはじめて応募原稿を送って、その頃からまた読むようになりました。30歳をすぎて自問自答が始まったんですよね、人生これでいいのか。どこかに自分の名前が載っているのが見てみたくて、最初は脚本を書きはじめました。脚本も小説も書かれていた野沢尚さんの本をずっと読んでいました。北川悦吏子さんの脚本も読みましたね。

――そしてBS-i新人脚本賞に佳作入選、ラジオドラマ大賞を受賞。

:でも、脚本の仕事にしていくなら東京に住んでいないと無理ですね、と言われたんです。じゃあ小説だと思って、そこで3、4年ぶりに、今世の中ではどんな人が書いているんだろう、と小説をチェックするようになりました。まずは前から好きだった人の本を読もうとして、東野さんの著作がものすごく増えていることにと驚いて(笑)。新たに注目されている人として伊坂幸太郎さんを読んだり。新聞広告で知って読んでみたら面白かったのは荻原浩さんの『メリーゴーランド』。さびれた田舎をどうにかしようとする役所の職員の話で、淡路島でもこんなことがあるかも、と思いました。そうして読みながら自分でも小説を書き始めて、今に至ります。

――小説推理新人賞を受賞した「聖職者」を第一章にして連作とした『告白』が大ベストセラーになり、映画化作品も大ヒットとなりました。デビューされてからの読書生活はいかがですか。

:賞をいただいた頃は、1章書き終わったら他の人の作品を4、5冊読むようにしていたんです。今はちょっと、その時間はなくなってきて、一区切りついたら1冊何か読もう、という感じです。似たジャンルの人の小説を読んで影響を受けるのは嫌なので、違うものを選ぶようにしています。そうそう、この世界に入ってからは、自分のことを読書好きと口にしてはいけないと思ったんですよ。すごい人たちばかりですから。読書好きと言ってしまうと主だった作品は全部読んでいるものとして会話が進んでしまって、途中で「すみません、その本は知らなくて...」と話を戻してしまうことになる。でも、本の知識のないものとして振舞っていると、お薦めの作品を教えてもらえたりするので、もう読書好きというのはやめよう、と思いました。それで、外国の作品を読んでいなかったなと思って、編集者さんに薦められたトマス・H・クックの記憶シリーズやアイラ・レヴィンの『死の接吻』を読みました。この世界にこなかったら、誰も私に教えてくれなかった本なので、いい出合いだなと感じます。今もお薦めの外国の作品を募集中です(笑)。

――一冊書き終えるまでではなく、一区切りついたら一冊読むんですね。

:人の作品を読むと、自分の欠点が見えてくるというか。すらすら読めない小説を読んでいるにしても、この本が途中でしんどくなるのはなんでだろう、と考えさせられる。それで改めて自分が書いたものをもう一回読み返して、このへんで退屈しないかな、と見直すんです。

――1日のサイクルは決まっていますか。

:家族が寝てから書くようにしているので、晩の10時から朝の4時まで、がベストなんですけれど、最近は開始時間が11時になっていますね。朝ごはんを作らないといけないので6時半に一回起きて、7時半からまた寝ます。10時半くらいに起きて、毎日コーヒーを飲みにいくお店があるので、そこでお昼も食べて、1時から3時までも書く時間に当てるようにしています。でもその時間は書くというよりも、晩に書いた原稿の見直しですね。夜書くと酔いしれたり、あと1日40字×40行で4ページ書くと決めているのですが、早く寝たいからとやたらと無駄な文章があったり、改行が多くなっていたりするので。メールをチェックしたり、エッセイを書いたりするのも昼にするようにしています。夕方からは家のことをして、その時間に読書もしています。最近、トマス・H・クックを、ようやくシリーズ最新刊の『沼地の記憶』まで読みました。

――『告白』のヒット以降、相当な忙しさだったと思います。取材も相当数あったのでは。

:最初は名前を憶えてもらいたいということもあって、取材もエッセイも断らずにみんな引き受けていたので、月の半分は取材日で、淡路島から神戸に行ったりしていました。それで半日つぶれて、そこから原稿を書いていると、あっという間に1か月が過ぎ、2か月が過ぎ、1年が終わり...。去年は連載2本と同時進行で、2、3か月で長編を1本書かなければいけない仕事があって、1日4ページとか言っている場合じゃない時期もあったんです。その頃のことは、記憶がないんですよ。まずいなと思ったのは、炊飯器から携帯電話が出てきた時と、冷蔵庫に腕時計が入っていた時。腕時計はまだ、上の段のものを取る時に外れたのかな、と思えるんですが、携帯はどうしてだかわからないですよね。カップスープを作ろうとしてお湯ではなくて水道水を入れてしまったりもして、ああ、こんなことをしていたら長続きしないなと気づきました。原稿の進行を管理するように、きちんと規則正しい日程を組まないと。長期に渡る長編の原稿を優先して、他のことは調節させてもらうようにして、今はやっと落ち着いたなと感じているところです。あ、今でも新刊が出る時期に取材をしてくださるのは大歓迎ですよ(笑)。

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