第117回:内澤旬子さん

作家の読書道 第117回:内澤旬子さん

今年、癌の“頑張らない”闘病体験を率直につづった『身体のいいなり』で講談社エッセイ賞を受賞した内澤旬子さん。これまでにも国内外の各地を旅し『世界屠畜紀行』といった話題作を上梓してきたイラストルポライターであり、装丁家、製本家でもある内澤さんは、本とどのように接してきたのか。興味の対象が多方面に広がっていく様子がよく分かります。

その2「立原正秋を知る」 (2/4)

真実一路 (新潮文庫)
『真実一路 (新潮文庫)』
山本 有三
新潮社
720円(税込)
商品を購入する
>> Amazon.co.jp
>> HonyaClub.com
>> エルパカBOOKS
さぶ (新潮文庫)
『さぶ (新潮文庫)』
山本 周五郎
新潮社
724円(税込)
商品を購入する
>> Amazon.co.jp
>> HonyaClub.com
>> エルパカBOOKS
街道をゆく (1) (朝日文芸文庫)
『街道をゆく (1) (朝日文芸文庫)』
司馬 遼太郎
朝日新聞社
540円(税込)
商品を購入する
>> Amazon.co.jp
>> HonyaClub.com
>> エルパカBOOKS
冬の旅 (新潮文庫)
『冬の旅 (新潮文庫)』
立原 正秋
新潮社
907円(税込)
商品を購入する
>> Amazon.co.jp
>> HonyaClub.com
>> エルパカBOOKS
高丘親王航海記 (文春文庫)
『高丘親王航海記 (文春文庫)』
澁澤 龍彦
文藝春秋
514円(税込)
商品を購入する
>> Amazon.co.jp
>> HonyaClub.com
>> エルパカBOOKS

――さて中学生時代に戻りまして、小説で心に残った本は何でしょう。国内作品が多かったのですか。

内澤:日本のものが多いですね。『真実一路』とか『しろばんば』、『あすなろ日記』なんかを読みました。父に薦められて山本周五郎も読まされましたが、周五郎は父が薦める武士ものではなく町人の物語のものの方が好きになりました。『さぶ』なんかのように不器用な職人が描かれているもの。『虚空遍歴』も好きです。父は司馬遼太郎も好きでうちに本がいっぱいあったので、『街道をゆく』なんかも薦められましたね。まさにサラリーマンが読みそうな本ばかり(笑)。 母からは『風とともに去りぬ』を薦められました。高校生の頃に読んだ本を大事にとっておいたみたいでそれを貸してくれたんですけれど、旧仮名遣いで読む気がしなくって。昔の本って行間や字間も詰まっているから、難しく思えるんです。『赤毛のアン』も入り込めなかったですね。なんなのこの女、って思ってしまって。 でも、いわゆる文学少女って『赤毛のアン』が好きという人が多いですよね。のちに赤木かん子さんの『ヤングアダルト ブックガイド』という本の装丁をした時、ほとんど知らない本ばかりで、自分はそれほど本を読んでいないんだなあ、と思いました。 女性作家が書いた作品や、女性が主人公の小説や評伝が好きになるのは二十代半ばくらいからですね。しかしいまだに「風とともに去りぬ」は読んでません。読めば面白いのかもしれませんが、完全に機会を逸しましたね。

――特別好きになった作家や作品は何かありませんでしたか。

内澤:本を読まないくせに図書委員をやっていまして、読書感想文の下読みをやっていたんです。先生がふるいにかけたものを図書委員が読むんです。自分が書いたものは選考には残らないんですけれど、ブラスバンド部の先輩が書いたものが残っていて、立原正秋の本の感想が書かれてあったんですね。『冬の旅』についてでした。この本は面白いんじゃないかと思い、そこから新潮文庫と角川文庫で立原正秋を読むようになりました。高校の頃には、同人誌に立原正秋の書評を書いたような気がします。文庫もよく読んでいたんですが、角川文庫の横溝正史の『蔵の中』を読んで、ああいう感じの幻想的なものを読みたいと思ったんですが、その頃ってネットもないし自分に検索能力がなくて、これっていう本にたどり着けませんでした。

――幻想小説といっても、好みがあったわけですね。

内澤:小さい頃に小川未明の絵本が好きだったんです。『港についた黒んぼ』というのは買ってもらって持っていて、それは挿絵もよかった。そうした小川未明的な路線の延長に横溝正史の『蔵の中』もあったんですよね。高校から大学にかけて、それっぽいものを探して幻想文学と名のつくものを齧っていくんですが、なかなか好みの作家に逢えない。澁澤龍彦は『高丘親王航海記』しか好きじゃない。稲垣足穂も限られたものしか好きじゃない。横溝正史だって他のシリーズはそれほど好きではない。偏屈な読者なんです。どの作家でも1作か2作好きなものがあるだけで、その人の作品全部が好き、という風にはならないんです。 他はずっと立原正秋を読んでいました。朝鮮半島出身の人ですけれど、日本文化や日本の工芸品がすごく好きなんですよね。立原正秋の影響もあって、大学生の時には韓国にも行っています。

――韓国に行ったということは大学時代、朝鮮について学んだりしたのですか。

内澤:美術史を勉強できたらいいなと思って哲学科に入ったんですが、立原の自伝小説を読んでいて彼の生まれ故郷の安東に行きたくなったので、朝鮮語の授業もとっていたんです。國學院に初級と中級の授業があって、法政大学の教授で中公新書なんかも出している尹学準という 先生だったんです。その先生の授業は「厳しいから絶対とるな!」と言われていたらしいんですけれど、何も知らなくて履修したら、日韓問題のテキストをもう読まされて。朝鮮日報や歴史教科書もテキストでした。慶長の役なんかを逆バージョン、つまり朝鮮側から読んだり。徹底的に叩き込まれて、まあいい経験になりました。でもその先生に立原正秋の本が好きと言ったら、ものすごく嫌な顔をされたんですよ。立原正秋って韓国籍であることを伏せていたこともあったあし、自伝的小説にもかなり虚が混じっていて、自分は両班の血を引いているってあるんですよ。小説だから嘘もあるとは思うんですけれど、尹先生は本当に両班の血筋の人で、マルキスト運動にハマって問題になって日本に亡命したような人なので耐え難かったのでしょう。先生に薦められて立原正秋について親友の高井有一が書いたノンフィクションも読みましたけど、あれはきつかった......。

――それだけ、立原正秋が好きだったわけですよね。

内澤:三島や荷風や谷崎や川端の美術評論も読みましたが、立原正秋がいちばん好きでした。最初に影響うけちゃったからですかね。なんなんだろう。韓国の弥勒菩薩像を見に行ったりして、弥勒信仰を卒論に選んで......。今読むとそんなにおもしろいかどうかもわかりませんが。

――ほかにはどんな本を読んでいたのでしょうか。

内澤:永井荷風や泉鏡花が好きでした。全作品は読み切っていないですけど。同世代の作家も読んでいたんですけれど、あんまり憶えていないですね。

» その3「イラスト、旅、製本、屠畜」へ