第117回:内澤旬子さん

作家の読書道 第117回:内澤旬子さん

今年、癌の“頑張らない”闘病体験を率直につづった『身体のいいなり』で講談社エッセイ賞を受賞した内澤旬子さん。これまでにも国内外の各地を旅し『世界屠畜紀行』といった話題作を上梓してきたイラストルポライターであり、装丁家、製本家でもある内澤さんは、本とどのように接してきたのか。興味の対象が多方面に広がっていく様子がよく分かります。

その3「イラスト、旅、製本、屠畜」 (3/4)

スティル・ライフ (中公文庫)
『スティル・ライフ (中公文庫)』
池澤 夏樹
中央公論社
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マリコ/マリキータ (角川文庫)
『マリコ/マリキータ (角川文庫)』
池澤 夏樹
角川書店
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独り居の日記
『独り居の日記』
メイ サートン
みすず書房
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山妣〈上〉 (新潮文庫)
『山妣〈上〉 (新潮文庫)』
坂東 真砂子
新潮社
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弥勒 (講談社文庫)
『弥勒 (講談社文庫)』
篠田 節子
講談社
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マスード―愛しの大地アフガン
『マスード―愛しの大地アフガン』
長倉 洋海
河出書房新社
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「本」に恋して
『「本」に恋して』
松田 哲夫
新潮社
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ドキュメント 屠場 (岩波新書)
『ドキュメント 屠場 (岩波新書)』
鎌田 慧
岩波書店
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――卒業後はどうされたのですか。

内澤:OLを1年ちょっとやって、派遣の仕事をしながらイラストを描いていました。出版社の知人が、家を長期留守にするけれど誰も住んでいないと家が傷むから留守番してくれと言ってくれて、格安家賃で住んでいました。友達と一緒に住んで、家賃を割ってさらに格安にして(笑)。そこに知人が自分に届く献本を投げ込んでいたので、当時出てた文学、山田詠美や島田雅彦や村上春樹といった人たちの本は暇に飽かして読んでいました。20代前半でいちばん好きだった現代作家の作品は池澤夏樹の『スティルライフ』と、『マリコ/マキリータ』所収の「帰ってきた男」です。そういえば現代作家で唯一、発表と同時期に全作読もうとした人ですが、『マシアス・ギリの失脚』あたりから気持ちが離れていきました。......はやすぎです。飽きっぽいんです。海外ものではメイ・サートンが好きになりました。『独り居の日記』とかですね。住んでいた家にも庭があったので、そういう気分だったし、隠居ものにすごく憧れていた(笑)。荷風の「雨蕭蕭」も大好きなんですが、あれって40代の頃に書いていることを最近知って衝撃を受けました。最近の女は風情がない、草書体も読めずに活字なんて読んでるのはどうのって、ぐちぐち書いている。メイ・サートンが『独り居の記』を書いた頃は50代。これもパートナーとの関係が崩壊した後の一年間のことだから、そこはかとない生臭さがある。当時はその生臭さが読みとれずにただ世をはかなんだ雰囲気に感激していたけど、書き手の歳に近づいてから読むとむしろ生臭さの方が気になります。人ってそう簡単には枯れないんだなと思いますよ(笑)。 30代で読んでいちばん残ったのは坂東眞砂子『山妣(やまはは)』です。こちらはもっと壮絶な隠居生活というか、遊女が世間から追われて山で自給自足生活に。善も悪もごっちゃまぜで綺麗事もなく、ひたすら貪欲に生きる姿に揺さぶられました。それ以来なりたい職業は山姥です。今でも変わりませんねー。あとは篠田節子『弥勒』なども印象に残っています。

――イラストはいつから始めて、どのようにお仕事につながっていったのですか。

内澤:高校の国語の教科書に、東山魁夷の文章があって、吉野山の桜が満開のときの満月を観て描く話しにいたく感動したんです。それで自分でも絵を描くようになり、美大に行こうかなと思ったら親に「お金がかかるし将来仕事にするのは無理」と言われて。結局哲学科に行ったわけですから、お金はそこまでかからなかったけれど将来仕事につながらないのは同じでしたねえ。大学では友達はあんまりできなかったけれど、皆勤賞もので通っていましたね。履修していない授業も受けました。似非学生としてほかの大学の講義も受けていました。能の謡曲を解説してくれる授業とか、そういうものを。そのかわりまったく遊んでいません。テニスもスキーもやらないし車でどこか行くなんてこともしなかったので、世間はバブルだったんだろうけれど、同世代ながら彼らがどこからお金を調達していたのか、それのなにが楽しかったのか、まったくわからない。一応美術サークルには入ってました。そこでポスターを描いたり切り絵を作ったりしていたけれど、途中でサークル自体は辞めてしまったんです。 でも卒業後に、倫理学講義でよく御世話になっていた鎌田東二先生が『國大俳句』を復刊するので表紙を描かないかと声を掛けてくださって、その表紙がきっかけで『婦人公論』のカットを描くようになっていきました。

――そこから、装丁の仕事やイラストルポの仕事へと広がっていったんですね。内澤さんは世界各国を旅してイラストルポもお書きになっていますが、旅をするようになったきっかけは何かあるのですか。

内澤:旅の行動のきっかけになったのは、長倉洋海の写真集『マスード 愛しの大地アフガン』でしょうか。ノンフィクションと人文書は仕事柄ある程度は読んでますが、影響を受けたものというとこの写真集で、自分はアフガンに行けないがために、イスラム世界をあれこれ旅することになったのかもしれません。が、西側メディアがマスードをヒーローにしたことで、多くの誤解と不幸がかの地にもたらされたことを後から知るにつけ、なかなか難しいと思いました。医師の中村哲さんの著作を読むと、マスードはすべてのアフガニスタン人にとっての救世主ではなくて、戦乱の犠牲者を増やした面もあるわけです。ジャーナリズムの難しさを感じました。

――ご自身で製本も手掛けるようになってそうですが、そのきっかけは。

内澤:きっかけになったのは栃折久美子さんの本や、武井武雄の本とか、ウィリアム・モリスとか。今思い出しましたが、小さい頃うちに2冊だけあったキンダーブックの1冊が武井武雄特集でした。村上勉以外になめるように眺めていた挿絵は武井武雄だったんです。幼稚園の頃から好きだったんですね。今でも変わりなく好きです。著作の『本とその周辺』を読んだのは製本を始めてからだったかな。栃折さんの本は『手製本を楽しむ』を大学4年の時に都立中央図書館で読みました。コピーするお金もなかったので、全部暗記して家に帰って、角背の本を作ってしまいました。中身はマン・レイとポール・エリュアールの詩画集。古本の『季刊みずゑ』のおまけについていた冊子をページ割りして貼り付けて、トンボを引いた台紙を作ってコピーして。手先は器用なんで結構本格的に作りましたよ。当時デザイン事務所でバイトをしていたので、表裏コピーとか縦横変倍とかを駆使しました。でもどうしても溝の部分が綺麗にできなくて、それが気になっていて。それから切り絵でイラストデビューして、しばらくして装丁の仕事を受けるようになった時に、やっぱり上製本の作り方を知りたいと思って、製本を習いに行きました。で、そこでは革製本をやっている人たちが多くて、結局つられてヨーロッパ19世紀後半に最高潮に達した工芸的な作り方まで習うことになります。コンマ1ミリをどうこうという世界で、そこまでは器用ではなかったので脱落しました。それと製本用のモロッコ革の風合いにどうもなじめなかったんです。そこから革ってどういうものなのかと、革なめしに興味を持つようになり、革と本の関係をいろいろ探るうちに中世ヨーロッパの製本など、もう少しラフな作りのごつい本の製法にハマり、イギリスの羊皮紙の工房に行ったりアメリカ先住民の脳みそなめしのワークショップに参加したりしました。

――ご自身でワークショップを開いていたこともあったとか。

内澤:まあ仕事もないし、少しでもお金にならないかなと、自分でレシピを考えてワークショップを開いたこともありましたが、病気で疲れてしまって今はやっていません。印刷様式や使用する紙、作品の質といった中身と装丁のバランスに悩んでしまったこともありますね。理想に現実が届かないと腐ってしまう根性無しの完璧主義者なんだと思います。本ってホントにいろんな要素で成り立っていますので、外側だけ革の重厚な装丁にしても、中身が伴わないとものすごくアンバランスになるんですよ。それがどうも嫌で。もっと気軽に楽しんでもよかったのでしょうけれど。活版印刷のことも相当調べました。松田哲夫さんと『本に恋して』『印刷に恋して』の本を作る時、イラストレーターとして工場見学もたくさん行きました。

――その後、屠畜にも興味を持たれたんですよね。内澤さんの『世界屠畜紀行』はたいへん話題になりました。

内澤:モンゴルで羊の内臓を洗っているのを見た時からですね。なんでこういう光景を見たことがないんだろう、肉がどうやってできるのか全然知らないって変だな、と。製本をやっていて革なめしのことを知りたかったということと合わさりました。でもそうした現場を見るためには日本の複雑にして悲惨な歴史から逃げるわけにはいかないので、連載を始めて芝浦の屠場を取材させていただき、そこからやっと生皮の行方として墨田の皮なめしまで辿り着きました。

――参考になった本などはなかったのですか。

内澤:ほとんどないです。あとから必死で探しました。しいてあげるとしたら鎌田慧さんの『ドキュメント屠場』や小長谷有紀さんの『モンゴルの春』かな。あとは海外の本になります。

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