第120回:柚木麻子さん

作家の読書道 第120回:柚木麻子さん

2008年に「フォゲットミー、ノットブルー」でオール讀物新人賞を受賞、その短編を含めた連作集『終点のあの子』では女子校の複雑な人間関係を浮き彫りにした柚木麻子さん。第二作『あまからカルテット』はがらりとテイストを変え、アラサー女性4人組の友情と恋と仕事を描いたコメディ。そんな彼女の読書遍歴はやはり、ガーリーな小説が出発点にあった模様。柚木さんならではの読み解き方もとっても楽しいです。

シナリオのこと、卒論のこと (2/4)

風と共に去りぬ (1) (新潮文庫)
『風と共に去りぬ (1) (新潮文庫)』
マーガレット・ミッチェル
新潮社
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星影のステラ (角川文庫 (6301))
『星影のステラ (角川文庫 (6301))』
林 真理子
角川書店
411円(税込)
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甘い蜜の部屋 (ちくま文庫)
『甘い蜜の部屋 (ちくま文庫)』
森 茉莉
筑摩書房
1,296円(税込)
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阿修羅のごとく (文春文庫)
『阿修羅のごとく (文春文庫)』
向田 邦子
文藝春秋
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少女病
『少女病』
吉川 トリコ
光文社
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台所太平記 (中公文庫)
『台所太平記 (中公文庫)』
谷崎 潤一郎
中央公論新社
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ある微笑 (新潮文庫)
『ある微笑 (新潮文庫)』
フランソワーズ サガン
新潮社
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散歩のとき何か食べたくなって (新潮文庫)
『散歩のとき何か食べたくなって (新潮文庫)』
池波 正太郎
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犬が星見た―ロシア旅行 (中公文庫)
『犬が星見た―ロシア旅行 (中公文庫)』
武田 百合子
中央公論新社
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悲しみよこんにちは (新潮文庫)
『悲しみよこんにちは (新潮文庫)』
フランソワーズ サガン
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明日は舞踏会 (中公文庫)
『明日は舞踏会 (中公文庫)』
鹿島 茂
中央公論新社
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女房学校―他二篇 (岩波文庫 赤 512-1)
『女房学校―他二篇 (岩波文庫 赤 512-1)』
モリエール
岩波書店
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――中学校に進学すると読書傾向に変化はありましたか。

柚木:中高一貫の女子校に進学しました。『おちゃめなふたご』のクレア学院みたいだって思いました。読書は中1で急に大人になって、『風と共に去りぬ』を全部読みました。本を夢中になって読んだという点では人生でベストかもしれません。面白すぎました。私はあれはラブストーリーだとは思っていなくて、スカーレットとメラニーの友情の話だと思っています。映画もすごく好き。『ジェイン・エア』や『嵐が丘』なども読みましたが『風と共に去りぬ』が面白すぎて、他の古典名作はどうでもよくなっちゃったくらい。その頃に出合ってしまったのが、母の机の上にあった林真理子さんの『星影のステラ』です。これはもう"神本"だと思っています。今でも作家の友達に薦めまくっています。私が少女小説で学んできたことがつまっている大人の小説だと思いました。田舎から出てきたOLが「私のことをステラって呼んで」という素敵な女の人と出会って、食い尽くされていく話。苦いラストとともにちゃんと成長しているところがいいですよね。それで、この人の作品は全部読もうと思って、私の"真理子期"が訪れます。ベスト3は『星影のステラ』と『葡萄が目にしみる』と『星に願いを』。全部苦い話ですけれど、諦念があるものが好きなんだなと思います。そこから日本の小説を読もうと思って山田詠美さんやよしもとばななさんを読みました。『キッチン』がすごく好きでした。私、中3の時に大病を患ったんです。マイコプラズマ肺炎になって、1か月昏睡状態で、そのあとも2か月間ICUに入っていたんです。昏睡から目が覚めた時、真っ先に読みたいと思ったのが『キッチン』。あのカツ丼が、記憶に残るほど美味しそうだったんです。ずっと昏睡状態だったからお腹もすいていたし。その後入院中はずっと日本の小説を読んでいました。学校が私立だったので、留年せずに高校に進学することはできました。

――高校時代にはどんな"期"が訪れたのでしょう。

柚木:これを読んだと言えばカッコいいと思われそうな本を選ぶという、嫌な時期がきます(笑)。そのなかでは森茉莉にハマりました。エッセイが有名で、そこではずっこけ茉莉さんという印象ですが、私は「甘い蜜の部屋」や「枯葉の寝床」といった小説での気取った茉莉さんも好きでした。大変気に入ったので、茉莉さんがあんなにも「パッパ」「パッパ」と言っているお父さんの森鴎外の小説も読んでみました。教科書に『舞姫』も載っていたんですよね。それで何を思ったか、はじめての脚本を書きした。森鴎外と永井荷風がタイタニック号に乗り合わせる『文豪タイタニック』というシナリオです。その頃、三谷幸喜さんが全盛期だったので自分も舞台を書いてみたいと思ったのかも。小説家になりたかったけれど小説が難しかったということもありますね。もうすぐ沈むタイタニック号の、部屋がどんどん傾いていくなかで、二人が延々としゃべっているんです。鴎外がドイツで捨てたエリスが玉の輿に乗って一等客室にいることを知っている荷風が「よりを戻して助けてもらえ」と入れ知恵をするのだけれど、鴎外は捨てた手前「それはできない」と言う。で、鴎外が医者の資格を持っていることを思い出して「船医だ」と名乗らせて救命ボートに乗るんですけれど、荷風が大事にしているシルクハットを置き忘れたことに気付いて船が傾いているのに戻ってしまうんです。最後には大逆転が起きる。あと、逃げる時にディカプリオとぶつかるシーンもありました。でも、もうお蔵入りです。とにかく何かを書いてみたいという欲の強い高校生だったんです。シナリオライターを目指していたので、この頃から向田邦子さんも読むようになりました。ドラマのノベライズも含めて全部読みました。食の描写がすごく好きでした。1冊選ぶなら『阿修羅のごとく』が好きです。

――姉妹の話が好きですか。柚木さんはお姉さんか妹さんがいるのですか。

柚木:いないんです。お姉ちゃんにすごく憧れています。吉川トリコさんの『少女病』が好きなんですが、ご本人も実際に三姉妹だそうで、話を聞いているとすごく羨ましい。『阿修羅のごとく』も悲惨なこともあるけれど四姉妹いるから重くならないのかなと思っていて。谷崎潤一郎の『細雪』もすごく好きなんですが、これは話はじめたら長くなりそう。あ、でも谷崎でいちばん好きなのは『台所太平記』ですね。谷崎の家で働いていたお手伝いさんたちの話で、あんな子がいた、こんな子がいたってことを振り返っているんですが、女の子たちのかしましい感じがいいですよね。彼女たちが女中部屋で折り重なって雑魚寝している様子を見てフフフって笑っている谷崎もまあ、すけべじじいですけれど、愛があっていいなと思います。女中さんたちの結婚の面倒を見ようとする男気のあるところもいい。男性視点で女性が描かれているところがいいんです。『細雪』も次女のだんなさんから見ている部分がありますよね。

――読むのは国内作品が多かったのですか。

柚木:尾崎翠も好きでした。『アップルパイの午後』とか。サガンも読みました。オリーブ少女だったので、シャレオツな小説でないと読んではいけないと思っていたんです。だから薄くてかわいいものを読んでいました。サガンは『ある微笑』が好きでした。二十歳のドミニックという女の子が、父親くらい上のリュックという既婚男性を好きになって不倫しちゃうんです。パリジェンヌというだけで憧れたし、すかしている女の子が好きだったんです。アンドレ・ピエール・ド・マルディアルグの『海の百合』のすかし方は普通じゃなかった。私の"気取り期"の代表作です。フランスの女の子が初体験を迎えようとしてバカンスの海辺でぱっと顔を見て「この子を私の初体験の相手にするわ」って決めて「今晩部屋に来てね」って声をかけるんです。それがカッコよかった。そういう本を読んだのでフランスにさえ行けば何かいいことがあると思って、大学は仏文科に行きました。パリジェンヌ小説で最初に読んだのは『心はチョコレート、ときどきピクルス』だったと思います。まずタイトルが好きです。13歳の女の子が家出をしようとするというんですけれど、すごくおませで、メトロで夜明かししたらレイプされちゃう、と言ったことが書かれてあるんです。早熟なパリジェンヌにキュンキュンきました。大学に行ったら私も早熟になるんだ、と思っていましたね。大学に行くと楽しいことがいっぱいあって、最初の1年はあんまり本を読みませんでした。

――どんな風に過ごしていたんですか。

柚木:仲良しの先輩と東京をいっぱい歩きました。『オリーブ』に連載されていた、山崎まどかさんの「東京プリンセス」が大好きだったんです。東京で町歩きをしたり遊んだりするお話です。実際のお店なんかがたくさん出てきて、全部注釈がついているんです。ツイッターで「東京プリンセス」についてつぶやくと「私も好きだった」というリプライがたくさんくるので、アラサーにとっては忘れられない連載だったんだと思います。なので、町歩きの本は読みました。池波正太郎の『散歩のとき何か食べたくなって』とか、武田百合子さんの『遊覧日記』とか。それでのちに石田千さんにハマることになるんですが。武田百合子さんは大学1年生の時にすごく読みました。いちばん好きなのは『犬が星見た』...あ、でも、『遊覧日記』も好きだし『富士日記』もすごく好きだし...。あとは金井美恵子さんです。目白四部作の『文章教室』、『小春日和(インディアンサマー)』、『タマや』、『道化師の恋』は舞台となる町が大学がすぐそばだったこともあって読んだんですが、本当に面白かった。大・大・大・大・大好きです。

――2年生以降はまた読書傾向は変わってくるのですか。

柚木:さすがに勉強をしないとまずいと思ってバルザック、モーパッサン、ラクロなど、これを読まないとまずいというものをだいたい読みました。それが卒論に集約されていきます。卒論のテーマは「18、19世紀の文学作品における修道院の機能」でした。これがマドレーヌにもつながっているんです。マドレーヌはミス・クラベルというシスターに育てられた女の子ですから。フランスには娘を修道院にいれておくのがステイタスみたいなところがあって、『悲しみよこんにちは』のセシルも確か修道院系の学校から出てきて超イケてない女の子だったのが、父親の恋人のアンヌに服の選び方からタバコの吸い方から、全部盗んでイケてる女子になる。モーパッサンの『女の一生』のジャンヌ、フローベールの『ボヴァリー夫人』のエンマ、ラクロの『危険な関係』のセシルもみんな修道院の出身なんです。ジャンヌはお父さんがヘンな男に指一本触れさせずに育てたいい子なんだけれどもいろんな哀しいことに見舞われるし、エンマは修道院の優等生で、恋愛は素晴らしいものだと思っていたのに実際の結婚生活があまりにつまらなくてびっくりして乱れていく。セシルは大人の恋愛ゲームに巻き込まれて堕落していく。鹿島茂さんが『明日は舞踏会』という本で、昔のフランスの女の子たちが大人の世界に憧れてワクワクしているけれど、その先には落とし穴が待っている、ということを書いているんですが、この子たちのうかつさがすごく好き。本当に、みんなまさかと思うくらい悲惨な目にあうんですけれど。男の人たちにとっては修道院あがりの娘を嫁にするのはトロフィーワイフだったんですよね。修道院というブランドもあって、絶対処女で。でも女の人だって悲惨な目にあっているばかりでもなくて妙にしぶといところがある。モリエールの『女房学校』はすごく好きなタイプのプロットで、金持ちの紳士が修道院出たての女の子を家に閉じ込めて、純粋培養して自分にぴったりの嫁にしようとするんです。実際にその子はすごく素直でピュアで可愛くて優しくて、男に指一本触れられていないままに育つんですけれど、たまたま家を訪ねてきた若い男を、ピュアなものだから家に入れてしまって一瞬で恋に落ちてしまう。それで紳士は捨てられてしまうんです。か弱く育てたつもりの女の人の思わぬたくましさに足元をすくわれる話です。夢見がちな女の人の思わぬ残酷さ、強さが見えるというのは好きなプロットですね。でもバルザックだったと思うんですが、修道院あがりの娘を嫁にするのはヤバイ、と言っているんです。バルザックって有吉弘行みたいなことを言う人だと思うんですけれど、修道院出身の女同士は本当におしゃべりで、夫に対する感謝の念がないぞ、って。ゴンクール兄弟も「あいつらは何も学んでいないくせに、なんでも知っている」と言っている。それって修道院だけじゃなくて女子校のすべてをついているなと思って、それで卒論のテーマが決まりました。

――シナリオを書きたいという気持ちは大学生になってもあったのでしょうか。

柚木:ドラマの制作会社でアルバイトして2時間サスペンスドラマのプロットを死ぬほど考えました。トリックも考えましたよ。2時間ドラマって掟があるんですよね。それさえ学べば誰でも書けると言われている。老人と女の人が犯人の時はやむにやまれぬ理由を作ること、とか。見ているのが主婦ですから。でも掟がありすぎて嫌になり、だったら小説を書こうと思って。小説を書くのが難しかったからラクをするつもりでシナリオを始めたのに、そちらも大変だったんです。

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