第120回:柚木麻子さん

作家の読書道 第120回:柚木麻子さん

2008年に「フォゲットミー、ノットブルー」でオール讀物新人賞を受賞、その短編を含めた連作集『終点のあの子』では女子校の複雑な人間関係を浮き彫りにした柚木麻子さん。第二作『あまからカルテット』はがらりとテイストを変え、アラサー女性4人組の友情と恋と仕事を描いたコメディ。そんな彼女の読書遍歴はやはり、ガーリーな小説が出発点にあった模様。柚木さんならではの読み解き方もとっても楽しいです。

聖子ブーム、デビュー、漫画&雑誌など (3/4)

シュガータイム (中公文庫)
『シュガータイム (中公文庫)』
小川 洋子
中央公論社
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お目にかかれて満足です (上) (集英社文庫)
『お目にかかれて満足です (上) (集英社文庫)』
田辺 聖子
集英社
555円(税込)
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岡本かの子 (ちくま日本文学)
『岡本かの子 (ちくま日本文学)』
岡本 かの子
筑摩書房
950円(税込)
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放浪記 (新潮文庫)
『放浪記 (新潮文庫)』
林 芙美子
新潮社
853円(税込)
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――卒業後はいかがでしたか。

柚木:洋菓子メーカーに就職したんですが、忙しくて社会人1年目はあまり本は読みませんでした。でも先輩たちと卒論のテーマを何にしたかを話していたら、お菓子作りが好きな先輩が小川洋子の『シュガータイム』にしたって。読んでみたら、大食いになってしまう女の子の話でした。思いつきでパウンドケーキを焼いたり、アイスクリームをものすごい量食べたり。でもそれがすごく可愛らしくて、おいしそうで。卵とバターの匂いに満ちた小説でした。そこから小川洋子さんをよく読むようになりました。その後、仕事が大変で役に立たなくて会社を辞めてしまうことになるんですが、それまでの1年間でついにやってくるんです、私の田辺聖子ブームが。24、5歳の頃です。もう最初っから田辺聖子を読んでおけばよかったんじゃん、と思うくらいおせいさんが好きになってガツガツ読みました。食べ物もおいしそうだし女性の強さを描いているし、なにより読みやすい。1冊選ぶとしたら...(悩)。『言い寄る』か『恋にあっぷあっぷ』でしょうか。あ、『お目にかかれて満足です』にしてください。すごく好きなので。

――会社を辞めてからは。

柚木:文豪ぽくなりたい、という"文豪期"がやってきました。小説を書こうとしてすごく参考にしたのが岡本かの子さんです。「鮨」という短編を読んで、こういうのが書きたいなと思って、読みに読み込みました。鮨屋によく来る遊びづかれしているような老人が、そこの娘に「自分は小さい頃にものすごい偏食だった、そんな私がグルマンになったのはなんでだと思う?」といったことを語るんです。少年の頃、偏食の自分のためにお母さんが縁側で鮨を握ってくれたっていう。お母さんがぎこちなく鮨を握る場面が官能的なんですよ。マルセル・プルースト的なものも感じました。岡本かの子さんは寂聴さん(執筆時の筆名は瀬戸内晴美)の『かの子撩乱』も読みました。そうして作家らしい作家に憧れたところで林芙美子さんの『放浪記』を何度目かの再読。フリーターをしていたので、ここに私がいるわ、って思いました。算盤が使えないのにはじくフリをしたり、大作家先生の家のメイドになって仕事しないでチェーホフを読んで「ここの先生もチェーホフを勉強したほうがいい」なんて言う。人を食ったような貧乏娘にすっかり感情移入しました。今書いている『私にふさわしいホテル』は『放浪記』をモデルにしています。何も持ってない、ドがつく貧乏なのに妙に人を小馬鹿にしている人物像ですね。好きな言葉があるんです。富士山を見ながら「富士山だって赤い雪でも降らなければただの山じゃないか、あの山に負けてたまるか」って。徹底的に権力に「へっ」っていうところにキュンキュンきて、お芙美さんの本はみんな読みました。いちばん好きなのは「晩菊」という短編ですね。年取った、お金だけはある孤独な芸者のところに、昔好きだった男が訪ねてくる。それで海千山千の芸者がお洒落するんですよね。でも彼はお金を借りにきただけ。でも最後に持ち直しての身の施し方が粋なんです。あとは『浮雲』も好きですね。ヒロインがダメ男にハマるんですけれど、そこからアメリカ兵の愛人になったりして、その変わり身のはやさに男が嫉妬する。辛いめに合うだけじゃなくて、ところどころでしぶとさを見せるのが好きです。林さんは生前の家も見に行きました。「めし」という絶筆の小説があるんですが、それを書いていた書斎がありました。中には入れませんでしたが、"絶筆"という響きにときめきました。文豪に憧れた"文豪期"ですから。自分で小説を書かなきゃと思った時は、集中して書くために田辺聖子さんの泊まった山の上ホテルに泊まりました。一階に田辺さんの全集があって、宿泊客は借りて部屋で読むことができるんです。なので、あそこに泊まると必ずおせいさんを読みます。

――文芸誌に応募を始めたのはいつくらいからですか。

柚木:シナリオは大学生の頃にヤングシナリオ大賞などに応募したりはしました。小説を最初に応募したのは25歳。ありとあらゆる賞に出しました。純文学の賞にも応募しましたから。今もそうなんですが、自分が何に向いているのか分からなくて、なんでも書きました。

――今年は「女による女のためのR-18文学賞」出身の女性作家たちと一緒にチャリティーを目的として電子文芸誌『文芸あねもね』を出してましたよね。柚木さんはオール讀物新人賞ご出身ですが、R-18にも応募していたのですか。

柚木:出していました。でもR-18の人たちと親しくなったのは、山崎まどかさんが山内マリコに引き合わせてくれたからなんです。ただR-18でよかったのは、選考委員の人とも直接話ができたこと。そこで角田光代さんに「R-18は向いていないから、『オール讀物』に応募したらどうか」と言われて、それで「オール」に応募したんです。他にもいろんなアドバイスをいただきました。後から知ったのですが、角田さんは落選者にも温かい言葉をかけてくださることで有名なんだそうです。

終点のあの子
『終点のあの子』
柚木 麻子
文藝春秋
1,440円(税込)
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火宅の人 (上巻) (新潮文庫)
『火宅の人 (上巻) (新潮文庫)』
檀 一雄
新潮社
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鏡子の家 (新潮文庫)
『鏡子の家 (新潮文庫)』
三島 由紀夫
新潮社
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ひまわりっ ~健一レジェンド~(1) (モーニングKC)
『ひまわりっ ~健一レジェンド~(1) (モーニングKC)』
東村 アキコ
講談社
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ハッピー・マニア 1 (祥伝社コミック文庫)
『ハッピー・マニア 1 (祥伝社コミック文庫)』
安野 モヨコ
祥伝社
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――そして「フォーゲットミー、ノットブルー」でオール讀物新人賞を受賞してデビューする。その短編を含む連作集が『終点のあの子』というわけですね。デビューしてからの読書生活はいかがですか。

柚木:めちゃくちゃなシーズンがやってきました。今までは好きなものを読んでいればよかったけれどそうもいかなくなって、最近の人たちの読書傾向も知りたいし、話題になったものも読みたいし。今は傾向なく読んでいます。ツイッターで書店員さんが褒めている本は読もうと思うし、エンタメを読んでプロットなどを勉強したいし。この夏に読んでズシンときたのは『火宅の人』。今年の夏の大ヒットです。その後に金原ひとみさんの『マザーズ』を読んだら『火宅の人』が一気に色あせて子育てしていないのに何が父親だと思ったんですけれど、読む前のテイで話ますと、私にはぐいぐい来たんですよ。それで火宅の人の家も見に行きました。本を読んで人の家を見に行くのが好きなのかもしれません。三島由紀夫の家にも行きましたし。三島は『鏡子の家』がいちばん好きで、最近読み返しました。あと、サマセット・モームの『劇場』もずいぶん前に読んだのをまた読み返したんですが、やっぱり好きです。ゾラの『居酒屋』も読み返してみたら面白かったです。気前がよすぎて貧乏になってしまうという下流社会がよく分かる。

――漫画は読みますか。

柚木:読みます。東村アキコさんがすごく好きなんですが、『ひまわりっ』に出てくる副主任が私に似ているなって思うんです。急にコントをやったりと、いろんなことを思いつくけれど続かない人なんです。東村さんは『海月姫』も好き。食べ物の漫画もよく読んでいて、『深夜食堂』は出たら必ず買います。安野モヨコさんの『ハッピー・マニア』も名作ですよね。自分から行動を起こして最後は苦い思いをする主人公というのがぐっときましたが、あれも女子の友情が描かれていましたよね。もうひとつ少女漫画としては画期的だったのが、部屋が汚くてヘンなものを食べているところ。感動したのは男の人に会いにいく時、食べていたポテトチップスの袋を最後に傾けて飲むんです。ハードボイルドです。たくましい女の人の話が好きなんです。あとは『ガラスの仮面』。好きなエピソードがいくつもあります。姫川亜弓さんが演じる「たけくらべ」をマヤも演じることになって、マヤは無理だよと泣く。でも原作のまま演じる亜弓さんに勝つには自分で役を作ればいいんだと気づいて、ものすごく寒い夜に一晩中徹夜で月影先生となぜかドアをはさんで役作りをするんです。ヘレンを演じる回も好き。あと、マヤが全部失って無名の女の子に逆戻りしてしまうことがあるんですが、それでも学校で「女海賊ビアンカ」というのをパントマイムで演じるところも雑草根性を見せている。一方、亜弓さんは「カーミラの肖像」を演じてマヤの敵の乙部のりえを徹底的につぶす。「敵はとったわよ」って。それが胸熱で泣きました。あと、亜弓さんが所属している劇団オンディーヌの小野寺先生という、マヤを邪魔してばっかりの人がいるんです。何の権力も持たないマヤが演技力だけで小野寺先生を悔しがらせるところがすごく好き。「紅天女」はもはやあの芝居自体が面白いのかどうかは分からないけれど。

――雑誌もいろいろよく読まれているという印象。

柚木:雑誌ばかり買って本を買うお金がなくなっちゃうこともありました。今の子って『セブンティーン』という王道かギャル誌しかないけれど、私たちの頃って『mcシスター』とか『オリーブ』があって、もう大好きでした。今は『フラウ』、『シュプール』、『SPA!』、『週刊実話』は絶対に読むようにしています。『フラウ』や『シュプール』を読むと女子だけで楽しくやっていけばいいわって気持ちになるので、バランスを取るために女が嫌いで仕方のない『週刊実話』と『SPA!』を読むんです。「実話」って本当に女の人が憎いんだと思う。男の人の切ない部分がよく出ているので、あれを読むと男の人に親切にしようと思う。読まないとお高くとまった嫌な女になってしまいそう。女性誌は他にもいろいろ読むんですが、うわーと思う時がありますね。最近の女性誌って禁止事項が多いんです。派手なネイルはNG、でも爪に何も塗らないのもNG、とか。ありとあらゆることをやめろというのか、と思うほど閉塞感でいっぱい。最近みんなによく話しているのが、ある雑誌に出ていた柳下(仮名)という男性。「僕の彼女は趣味が豊富で友達もいっぱいで、僕がいなくてもいいって思っちゃう残念な女の子です」って。趣味が多くても友達が多くてもいいじゃない、何がいけないのかって。ママ向けのファッション誌の読者からの相談で「うちの娘は変わっていて、シンデレラの結末で感動しないけれど大丈夫でしょうか」 というのがあって。それも個性だって思ったのに回答を読んだら「ここで感動するんだということを教えないとダメです。そうでないとこの先人から浮いたままになります」みたいなことが書かれてあって。うわああああっ、となりました。

――怖い...。それ、洗脳しろって言っているようなものですよね。

柚木:もっと怖いのは、そういう記事を読んで「そうしなきゃ」と思う読者がいるってことですよね。私は雑誌は大好きなんですけれど、読んで楽しい気分になりたいんです。こうすれば私もこうなれるんだって思いたい。そういう意味ではギャル誌は今読んでいていちばん楽しいですね。つけ睫毛ひとつでこんなに美人になれる、といったことが書いてあるんですから。あとは『ゆうゆう』。年金暮らしの方に向けた雑誌です。読んでいてはっとします。老後の楽しみっていっぱいあるんだなと思います。月16万でこんな風に暮らせるんだ、ということも分かる。『すてきな奥さん』も年収250万円で大家族がどうやって暮らしているかといった記事をすごく読みます。

――ツイッターを拝見していると、ドラマもよくご覧になっていますよね。忙しいですよね(笑)。一日のサイクルはどのようになっているのですか。

柚木:夫が勤め人なんですが昼夜逆転しているので、それに合わせています。だいたい朝の6時から11時45分くらいまで寝て、夫が会社に行った後に家事をやって、15時くらいにでかけてドトールやタリーズで腰を落ち着けて2時間くらい執筆します。家では原稿を書けないんです。それからふらふらして、ドラマを見たりしてからまた夜の11時くらいから出かけて書いて、ノッていれば深夜の1時まで書いて、それからは夫が帰ってくる時間までご飯を作ったりテレビを見たり、ツイッターでつぶやいたり。他の人と時間帯がずれているので、ツイッターをやらないと人と関わることがないんです。でもつぶやいても深夜だとあまり絡んでくれる人がいない(笑)。

――でも柚木さんは女友達がとても多いという印象です。

柚木:昔からいろんな子と仲良かったんです。女子校出身の子っていろんな業界にいるんです。喋っているだけでいろんな業界の話が聞ける。法律をやっている子もいれば、ピアノの講師の子もいれば、デパートに勤めている子もいる。気づくと女の子とばかりしゃべっていて夫以外の異性をしゃべる機会がないので、もっと男の人としゃべらなくちゃいけないって思っています。だからタクシーの運転手さんとも時々しゃべるようにしています。

――母校の文芸部でコーチをされているそうですが、どんなことを教えているのですか。

柚木:自分がいた頃は文芸部がなかったし、部活もやっていなかったので今それを楽しんでいます。月1回、私の気まぐれにつきあってもらっています。みんなが書いた小説を講評して、あと読んでほしい1冊を持っていって、小説の書き方として盗めるところがあるかどうかを教えるんです。『悪の経典』のハスミンみたいに、あの手この手を使って飽きさせないようにして洗脳しています。カポーティをやった時は、これは山崎まどかさんの講座の受け売りですが、ドラマの『ゴシップガール』を引き合いに出して、ちょっと冷めた語り手による都会のドラマというのはカポーティの手法に似ているという説明をしました。綿矢りささんの『インストール』の時は映画の『スコット・ピルグリム』を抱いて、デジタルの感覚を皮膚感覚に戻して文章化したのが『インストール』で映像にしたのが『スコット・ピルグリム』だと言って。『ライ麦畑でつかまえて』では「ロンドンハーツ」を出しました。有吉弘行さんの言うこととホールデンの言うことってほぼ一致するんですよ。しかもサリンジャーの経歴と有吉さんの経歴って驚くほど一致する。サリンジャーはマッチョなヘミングウェイのお気に入りだったけれどついていけなかったみたいです。それで「ライ麦畑」で一気に時代の寵児となるんですが、そこで大人の汚い世界を見ちゃって人嫌いになって引きこもる。有吉さんもオール巨人の弟子だったけれどマイペースすぎて破門されて、「電波少年」で有名になるけれど売れなくなって引きこもっていた期間が長くて業界に対して懐疑的である。あと「ライ麦畑」に関しては妹のフィービーがアメリカのイノセンスの象徴となっている存在ですが、アメリカ映画でフィービーって名前がついている役柄に悪人っていないんです。いたらごめんなさい。でもフィービーはイノセントな少女だけど大人の女のような包容力を持っていて、でも性的な役割を押し付けられていないというところも優れていますよね。そういうことも話しました。山田詠美さんの『放課後の音符(キイノート)』を紹介した時は、1000(ミル)という香水が出てくるので、御徒町中を歩いてそれを探しました。1000種類の素材を使った香水なんですけれど、いくつかは絶滅種で生産できなくなるみたいなんです。やっと手に入れたけれどみんなに「臭い」と言われて喜んでもらえませんでした(笑)。そんな感じて、小説以外の方法を取り込んみつつ、興味を持ってくれるように工夫しています。

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