第122回:三上延さん

作家の読書道 第122回:三上延さん

2011年に刊行するとたちまち1、2巻を合わせて80万部を突破、今もベストセラーにランクインしているビブリオミステリ連作集『ビブリア古書堂の事件手帖』シリーズ。謎解きや人間ドラマはもちろん、古本や出版事情の薀蓄も楽しいと思ったら、やはり著者の三上延さんには古書店勤務の経験があるのだとか。幼い頃から読書家で、本の好みは昔からはっきりしていたという三上さんの読書歴、影響を受けた本とは?

その2「影響を受けた作家はあの人」 (2/4)

ごんぎつね (日本の童話名作選)
『ごんぎつね (日本の童話名作選)』
新美 南吉
偕成社
1,512円(税込)
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ゴルフ場殺人事件(クリスティー文庫)
『ゴルフ場殺人事件(クリスティー文庫)』
アガサ・クリスティー
早川書房
907円(税込)
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人間椅子 (江戸川乱歩文庫)
『人間椅子 (江戸川乱歩文庫)』
江戸川 乱歩
春陽堂書店
484円(税込)
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少女地獄 (角川文庫)
『少女地獄 (角川文庫)』
夢野 久作
角川書店(角川グループパブリッシング)
555円(税込)
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レ・ミゼラブル 全4冊 (岩波文庫)
『レ・ミゼラブル 全4冊 (岩波文庫)』
ヴィクトル ユーゴー
岩波書店
3,888円(税込)
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井上靖全集 (第14巻)
『井上靖全集 (第14巻)』
井上 靖
新潮社
10,044円(税込)
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バオー来訪者 (集英社文庫―コミック版)
『バオー来訪者 (集英社文庫―コミック版)』
荒木 飛呂彦
集英社
689円(税込)
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冬の神話 (角川文庫)
『冬の神話 (角川文庫)』
小林 信彦
角川書店
円(税込)
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――読書記録はつけていましたか。

三上:中学から大学まではつけていました。でも読み返すのが恥ずかしくて。中学生らしい、頭の悪そうなことが書いてあるんです。「今日この本を読んでオレの人生は変わった」ということが毎週のように書いてある(笑)。ずっととってあったんですが、さすがに恥ずかしくて実家に帰るたびに見つけた分は焼きました。でもゴキブリみたいにどこかから出てくるんですよね。こんなものが後世に残るなんて...と思っていたんですが、さすがに記憶力が衰えてきてどんな本を読んだのかパッと思い出せなくなってきたので、最近見つけたものは焼かずにとっておこうと思っています。まあでも、実家の親には見られないように、見つかったものはすぐに回収して隠してあります。今持っているのは大学生くらいの頃の記録ですね。

――読書記録以外に何か書いてはいなかったのでしょうか。文章を書くことは好きでしたか。

三上:作文は小学生の頃から好きでした。小6くらいの時に『ごんぎつね』の続きを書くという課題が授業であって。結構へんな作文を書いていたら、先生に「小説とかを書いてみたら」と言われたんです。その時は「小説ってなんだ?」という気持ちもあったので、実際に書こうと思ったのは中学生になってからでした。友達もいないし本ばかり読んでいたので、暇な時間で書いてみるか、という感じで。ちまちまと書いていましたね。推理物だったと思います。シャーロック・ホームズみたいなものが書きたかったのかも。今思い返すと冷や汗が出ます。それは真っ先に焼いたと思います。今こうして話しているだけで恥ずかしい(笑)。

――ああ、では海外ミステリーも読んでいたのですね。

三上:読んではいたけれど、たくさんではなかったですね。もともと作品の好みがはっきりしているので、好きな作家でも全部読んでいるとは限らないんです。中学生くらいの頃にクリスティーは結構よく読んでいました。好きなのは代表作でも傑作でもない『ゴルフ場殺人事件』。ポアロの初期の相棒だったヘイスティングスが好きだったんですが、この話では彼が思いをよせている女の子が容疑者になってしまって、ポアロとヘイスティングスがけんかをするんです。それが印象的で。他のもののほうが代表作だろうしよくできているとは分かるんですけれど、いまだによく読み返すのは『ゴルフ場殺人事件』。

――では、中学生くらいの頃の読書傾向といいますと海外ミステリーのほかには...。

三上:『一寸法師』の流れから、『孤島の鬼』とか『パノラマ島奇談』、『人間椅子』など江戸川乱歩を一通り読むようになりました。そこから夢野久作にいきました。『ドグラ・マグラ』もすごく好きですが、僕が大好きなのは『氷の涯』と『少女地獄』。暗い話が好きでしたね。極限状態に閉じ込められているとか、まわりに味方が一人もいないとか...刑務所に閉じ込められて脱獄するという話も好きでした。『レ・ミゼラブル』や『モンテ・クリスト伯』が大好きだったのは、強そうな男が脱獄をして...というのがツボだったんでしょうね。

――どちらも大作ですが、子供向けのダイジェスト版をお読みになったのですか、それとも。

三上:大人向けのほうですね。いつまで読んでも終わらなかった。『レ・ミゼラブル』は中学2年の夏休みに、読書感想文のために読みました。課題図書でもなかったのに。当時岩波文庫からは全7巻がパラフィン紙をかけられて出ていたんです。それで6巻まで先に買って、後から7巻を買いに行ったら有隣堂になくて。たぶん品切れしていただけだったんですが、注文して取り寄せるという発想がなくて、そうこうしているうちに夏休みが終わりそうになったので仕方がないから新潮文庫版を買ったんです。それで不満が残ってしまいました。翻訳の方が違うと、描かれるキャラクターがかなり違うんですよね。岩波文庫ではアンジョーラだったのが新潮文庫ではアンジョルラスになっていたりと、人の名前からして違うのかと思いました。

――それにしても、国内外さまざまなものをお読みになっていますが、本は書店での文庫の棚を眺めて選んでいたのですか。

三上:棚を見て面白そうなものを選んでいました。ぱっと見てもどれが古典でどれが新しい作品なのか分からないですから、本当に面白そうだと思ったものを自由に選んでいました。もちろん、面白そうだと思って買ったのに外れることもありました。井上靖の『崖』を買ったのも中学生の頃です。『氷壁』と間違えて買ったんですけれど。『崖』は崖から落ちて3年間の記憶をなくした男の話。かつては新聞記者だったはずなのに東京の画商になっている。記憶のない3年間の間に何があったのか。いろんな人にあって探っていくうちに、なぜ崖から落ちたのかという最大の謎に迫っていく。今読んでも面白いですね。『しろばんば』も『敦煌』も読みましたが、個人的には井上靖でいちばん好きなのはこれです。あと、書店の棚で「井上」の並びにあったからでしょうけれど、井上ひさしさんも読んでいました。『ドン松五郎の生活』が映画化されて、それで原作を買ったのが最初です。『吉里吉里人』も面白かったけれど『下駄の上の卵』と『偽原始人』が、どちらも子供が主人公だったのでインパクトが強かった。この人の本はいろいろ読まなくちゃと思って、戯曲もちょっと読んだんじゃなかったかな。その頃好きだった漫画というと、荒木飛呂彦さんの『BAOHバオー 来訪者』です。これも大好きでした。

――話題の映画の原作を買っていたとなると、当時角川映画の全盛期だったと思うのですが。薬師丸ひろ子さんとか原田知世さんが主演の。

三上:兄が薬師丸ひろ子さんの大ファンだったので角川映画も観ていました。アイドル映画とはちょっと違っていましたよね。『セーラー服と機関銃』とか『時をかける少女』とか。兄が原作も買っていたので僕も読みました。『愛情物語』を読んだあたりから、赤川次郎さんの他の小説も読むようになりました。三毛猫ホームズのシリーズも面白かった。その後、兄が斉藤由貴さんのファンになったんですよ。それで彼女が主演した映画の原作、佐々木丸美さんの『雪の断章』も買ってきたので読みました。あとは、薬師丸ひろ子さんの『紳士同盟』という映画もあったんですよね。小林信彦さんの原作で、詐欺師の話で。高1か高2の頃に文庫を手に入れて読んで、そのあたりから小林さんを追うようになりました。ちょうどエンタメっぽい作品をたくさん書いている時期だったと思います。そこから遡って初期の作品も読みました。『虚栄の市』や『冬の神話』とか。

――今日は小林さんの『冬の神話』の文庫もお持ちですね。金子國義さんの絵の装丁が美しいです。角川文庫ですね。

三上:一回図書館かどこかで読んで、買おうと思ってもどこを探してもなくて。3、4年前にようやくこの古本の文庫を手に入れたんです。余談ですが、これは最後のページに書き込みがあるんですよ。

――鉛筆書きで「'75 11/28 スト権ストの中で~」とありますね。

三上:国鉄のストで電車がとまってしまって、家に帰れなくなったか出社できなくなったかで、その時に読んだんでしょうね。僕は影響を受けた作家を3人挙げろと言われたら、小林信彦を必ず入れます。他の2人はその時書いているものによって変わってくるんですが、小林信彦だけは絶対に入れる。文章がねちっこくないんです。理知的に書いてある印象があるんですが、当時日本の他の作家で似ている書き方をしている人が思いつかなかったんです。高校生が読んでも、なんとなくこの人は違うなと思いました。小林さんは英米文学の影響も受けている方なので、文体にそういうものが出ているのかもしれません。書いている題材はだいたい日本の戦後10年くらいのことが多いんですけれど、文体がすごく格好いいなと思いました。読みやすい文体ってどういうものなのか、僕自身の文章の質みたいなものを考えると、こういう風な文章を書きたいなと思います。『ビブリア古書堂の事件手帖』を書いている時はよくこの『冬の神話』を読み返しました。あともう一冊、「ビブリア」を書いている時に枕元に置いていたのは向田邦子さんの『思い出トランプ』。

――向田作品を知ったのはいつくらいだったんですか。

三上:小学生の頃にドラマの『阿修羅のごとく』を再放送で見て、好きなドラマだなと思っていたんです。向田邦子っていう人がいるんだ、って記憶に残って、本屋に行っても棚に本があるのをちらちらとは見ていました。そうしたら、ある時『思い出トランプ』を御袋が持っていたんです。84年くらいだったと思いますが、ちょうどNHKでドラマ化されたんですよね。杉浦直樹さんが出演していて。これは短編集ですが、「だらだら坂」というのがあまりきれいではない愛人を囲っている男がいて、彼女が勝手に整形をしてしまう話で、なぜかものすごくインパクトがありました。それで原作を読まなくちゃと思って読んだら面白かったんです。向田さんの文章ってあまり密度が濃くないんですよね。書きこむわけではない。でもものすごくうまいんです。無駄なところがない。こういう感じで書けないかなと思うんです、無理だけれど(笑)。出てくる男女がみんな、必ずしもいい人ではなくて、秘密や影があるところもいいですね。

――高校生時代も幅広く読んでいたのですか。そういえば、高校は「ビブリア」の主人公、五浦大輔が通っていた高校と同じ北鎌倉の学校に通っていたのですよね。

三上:そこでは文芸部に入って、ようやく友達ができました。みんながみんな本を読むわけではないけれど、「この本面白いよ」という話ができるようになったんです。人に薦められて読んだものもありましたね。この頃からガルシア・マルケスなどのラテンアメリカ文学に関心を持つようになりました。あとはボリス・ヴィアンなどのフランス文学。マルケスは『エレンディラ』から読み始めて『百年の孤独』を読み、それから『族長の秋』や『予告された殺人の記録』などにいきました。その頃出ているのはだいたい読んだと思います。寺山修司が『百年の孤独』をもとに映画を作ろうとしていたと聞いていたので、そちらからの興味もありましたね。当時、寺山はみんなで回し読みしていましたから。ヴィアンは『うたかたの日々』から入りましたが、個人的に印象に残ったのは『北京の秋』や『心臓抜き』。

――文芸部では本を読む以外にどのような活動をしていたのですか。

三上:文化祭で部誌を作ろうという話になったんですが、作ってしまったら当日やることがない。それで演芸をやろうということになりました。あとはバンド。バンドブームでしたから(笑)。文化祭当日は1曲演奏してへんな踊りをみせた後に、コントをやるという、よくわからない出し物をやりました。仲がよかったんですよね。今も年に2回は当時の仲間と会うようにしています。部誌にはマルケスを薄めたような小説を書きました。これも思い出すのも恥ずかしいけれど、これは手元にある1部を焼いても無駄ですよね、みんなも持っているんだから(笑)。

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心臓抜き (ハヤカワepi文庫)
『心臓抜き (ハヤカワepi文庫)』
ボリス ヴィアン
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