第125回:村田沙耶香さん

作家の読書道 第125回:村田沙耶香さん

家族、母娘、セクシャリティー……現代社会のなかで規定された価値観と調和できない主人公の姿を掘り下げ、強烈な葛藤を描き出す村田沙耶香さん。ご本人も家族や女性性に対して違和感を持ってきたのでは…というのは短絡な発想。ふんわりと優しい雰囲気の著者はどんな本を読み、どんなことを感じて育ったのか。読書遍歴と合わせておうかがいしました。

その2「山田詠美さんの文体に出会う」 (2/5)

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フリーク・ショウ (幻冬舎文庫)
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ベッドタイムアイズ
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山田 詠美
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学問 (新潮文庫)
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きりぎりす (新潮文庫)
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――高校生時代はいかがでしたか。

村田:山田詠美さんの本に出会って、それで読書世界が変わりました。最初はたしか『風葬の教室』でした。少女小説っぽく思えたので手にとったんだと思います。もう、文章のすごさが...。こんなに好きな文章に出会ったことがなかった、と思いました。それまでも文体というものに憧れはありましたが、そういう問題ではなかったですね。言葉のひとつひとつが熱を持って、それこそ宮沢賢治にも感じたような、文字自体が力を持って迫ってくるような感じがしました。本当に好きです。そこからいろいろ読みました。高校時代はほとんど山田詠美さんの作品しか読んでいないと思います。自分の本棚の山田詠美さんゾーンから必ず学校に2冊くらい持っていくんです。1週間に同じ作品を3回くらい読むような日々でした。何度読んでも好きと思えるし、何度読んでもこんなところにこんな熟語があって、ここに読点があるんだ、っていう新しい発見があるんです。雨の日なら雨の情景の部分を読むと、実際の雨の匂いと重なってすごくよかったりして。大学時代もいつも本を2、3冊持ち歩いていましたが、その頃は太宰治や三島由紀夫も加わったんですが、同じ本ばかり繰り返し読むという、狭い読書でした。

――いや、とても濃密な読書だと思います。文体を真似して書いたりはしていたのですか。

村田:山田詠美さんは恐れ多くて真似することはできませんでした。書きうつしたりはしませんでしたが、例えば好きな部分を大きくコピーしたりはしました。するとまた違って見えるんです。そんなことを繰り返して、変質的に読んでいました。『風葬の教室』と『蝶々の纏足』と『フリーク・ショウ』、『ベッドタイムアイズ』が四大「持ち歩く本」でした。

――デビューしてから山田さんと接点があったりはしませんでしたか。

村田:『学問』の文庫解説を書かせてもらったんです。思春期の頃から好きな作家さんのいちばん好きな作品ってなかなか更新されることがないと思うんですけれど、『学問』は今いちばん好きかもしれません。解説も好きすぎて緊張して混乱して枚数もたくさん書いてしまって、解説というよりもファンレターになってしまいました。

――山田詠美さんを読んでいた高校時代も、自分でも小説を書いていたのですか。

村田:それが、スランプになってしまって、1行も小説が書けなくなってしまいました。ひたすら山田さんの文章に憧れていて、でも自分には才能がないなと思う日々でした。高校卒業後も心理学の学校に行こうと思っていたんです。でもいざ大学受験になった頃、やっぱり作家になりたいと思って、ぎりぎりで文学部志望に変えました。でも普通の文学部を選べばいいものを、文学部の芸術学科というところを選んでしまって。学芸員の資格を取ったり、演劇とか絵の実技をやったりする学科でした。小説を書くためには、広く芸術を学んだほうがいいのかなと考えたんです。浅はかですよね。今になってみると、ちゃんと日本文学を勉強したほうがよかったなと思います。

――大学生になってからの読書生活はいかがでしたか。

村田:一人の作品ばかり読んでいたら作家にはなれないと思って、夏目漱石、谷崎潤三郎、三島由紀夫、太宰治などを読んでいきました。それでまた、太宰の独特な文章にハマって、そればかり読む日々になってしまいました。結局読書量が少ないまま作家になってしまったことが今でもコンプレックスなんです。

――そこまで1冊の本を掘り下げて読むんですから、もはや冊数は問題ではないと思います。太宰は内容というよりも文体に惹かれたのですか。

村田:内容も好きだったんですが、やはり文体が好きでした。『きりぎりす』とか『トカトントン』とか『ヴィヨンの妻』とか。自由自在に言葉を遊びながら書いている感じがしましたね。柔らかいひらがなですうっと書かれているように思いました。この頃に、小説の学校に通うようになりました。勉強会のようなところで、前に芥川賞を受賞されて今年80歳になられる宮原昭夫さんが今も現役で教えてらっしゃるんです。お互いに作品を書いて読みあって感想をいいあうような集まりです。ここでいろんな本に出会いました。

――どのような本でしょうか。

村田:(私物の文庫本をいくつか取り出して)小川洋子さんの『妊娠カレンダー』やカミュの『異邦人』。すごく好きでした。松浦理英子さんの本に出会ったものもこの頃だと思います。『親指Pの修業時代』を最初に読んで、そこから全部買いました。『ナチュラル・ウーマン』が特に好きです。『犬身』も好きです。発売になったばかりの『新潮』6月号に150枚の新作「奇貨」が載りましたよね。まだ読んでいないので、すごく楽しみなんです。エッセイでは菜摘ひかるさんという、元風俗嬢で若くして亡くなってしまった方の『菜摘ひかるの私はカメになりたい』。女性の性の苦しさを描いていて、赤裸々というよりは、えぐるような言葉で書いているところに衝撃を受けました。内田春菊さんの『ファザーファッカー』も好きだったんですが、たしかその内田さんが「岸田秀さんの本を読んでラクになった」ということを書いていたので、岸田さんの『幻想に生きる親子たち』なども読みました。家族というものを柔らかく感じられるようになって私もラクになりました。岸田さんは『ものぐさ精神分析』なども読みましたね。

――文章に惹かれるような書き手はいましたか。

村田:佐野洋子さんの文章も大学時代にハマりました。『嘘ばっか 新釈・世界おとぎ話』は「白雪姫」などを佐野さん風にアレンジされていて、エロティックですごく好きです。これも持ち歩いていました。岡本かの子さんも全集を買ってしまうくらい文章にハマりこみました。「病房にたわむ花」(ちくま文庫『岡本かの子全集』11巻に収録)は桜についての作品を読んでいる時に出会ったんですが、ぞくっとする感じと色気と柔らかさとがあって。山田さんや佐野洋子さん、太宰治の他にもまだ好きな文書を書く人ってまだいるんだなと思いました。三島由紀夫の文章も好きでした。色気と柔らかさがあって、匂い立つような文章を書く人が好きなのかもしれません。三島由紀夫で最初に読んだのは『音楽』。山田詠美さんが『音楽』がいちばん好きとおっしゃっていたので。『仮面の告白』や戯曲の『熱帯樹』も好きです。三島はかなり好きだと思います。私は卒論でオノマトペについて書いたんです。太宰の『トカトントン』や宮沢賢治を取り上げて、「三島は『文章読本』でオノマトペを使うのはあまりよくないと書いているけれども、たまに計算し尽くして効果的に使っている時がある」といったことを書いた気がします。懐かしいですね。

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