第125回:村田沙耶香さん

作家の読書道 第125回:村田沙耶香さん

家族、母娘、セクシャリティー……現代社会のなかで規定された価値観と調和できない主人公の姿を掘り下げ、強烈な葛藤を描き出す村田沙耶香さん。ご本人も家族や女性性に対して違和感を持ってきたのでは…というのは短絡な発想。ふんわりと優しい雰囲気の著者はどんな本を読み、どんなことを感じて育ったのか。読書遍歴と合わせておうかがいしました。

その4「デビューしてからの日々、家族の反応」 (4/5)

あなたの呼吸が止まるまで
『あなたの呼吸が止まるまで』
島本 理生
新潮社
1,620円(税込)
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この世は二人組ではできあがらない
『この世は二人組ではできあがらない』
山崎 ナオコーラ
新潮社
1,404円(税込)
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寝ても覚めても
『寝ても覚めても』
柴崎 友香
河出書房新社
1,620円(税込)
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ヘヴン
『ヘヴン』
川上 未映子
講談社
1,512円(税込)
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新潮 2012年 06月号 [雑誌]
『新潮 2012年 06月号 [雑誌]』
新潮社
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ギンイロノウタ
『ギンイロノウタ』
村田 沙耶香
新潮社
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マウス (講談社文庫)
『マウス (講談社文庫)』
村田 沙耶香
講談社
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――デビュー後、一時期本が読めなくなったそうですが、その後どうなりましたか。

村田:同年代の女の作家さんを読むことが多いです。デビュー当初から島本理生さんや綿矢りささんが好きでした。綿矢さんはこのあいだの『新潮』5月号の「ひらいて」も好きです。島本さんは『あなたの呼吸がとまるまで』がすごく好きです。題名に惹かれてふらーっと読むことが多いんですが、それで読んだ山崎ナオコーラさんの『この世は二人組ではできあがらない』も好き。ナオコーラさんは雑誌に掲載された時に連載の第一回を読んでいた『私の中の男の子』のオビに推薦文を書かせてもらっています。柴崎友香さんも『寝ても覚めても』がすごく好きで、川上未映子さんの『ヘヴン』もすごくよくって...。同世代の人たちの小説で、ああ、すごく好きだなって思えるものがいっぱいあるのは恵まれていると思います。

――自分も頑張らないと...とプレッシャーになったりはしませんか。

村田:そう思うことはないです。焦ったりしないですね。みなさん自分よりずっと目上の方たちだという気持があるからかもしれません。

――ところで、文芸誌もよく読まれているんですね。

村田:文芸誌っていいですよね。毎月7日の発売日に新聞の広告にも内容が載りますよね。それを見ながら「あー、あの人の作品が載るんだー」って思ったり。文芸誌ってすごいことが起きていると思うんです。今月号だと『新潮』6月号に松浦理英子さんの新作がいきなり載ったりするんですから。インタビューを読むのが好きだということもありますね。本屋さんに言っても文芸誌のコーナーに立ち寄ります。メジャーなものだけでなくて、文芸誌のサイズでいろんな雑誌がたくさん並んでいるのを見るのが好きです。

――好きな人の作品は文芸誌、単行本、文庫と何度も読んだりするのでしょうか。あと、単行本はもちろん文芸誌もとっておくとかなり本棚のスペースをとりませんか。

村田:よっぽどでないとどれかを読むだけですけれど。島本さんの『あなたの呼吸がとまるまで』は雑誌も単行本も読みました。考えてみると、自分でも雑誌掲載から単行本になる時にだいぶ改稿するので、比べて読むのも楽しいかもしれませんね。本棚は、自分の部屋はいっぱいなんですが、私がこんな作風なのに理解のある母で、自分の部屋の本棚に置いていいよと言ってくれるので、そこを文芸誌の棚にしています。

――「こんな作風なのに」って。でも確かに(笑)。

村田:(笑)。『ギンイロノウタ』で野間文芸新人賞を受賞した時に、ちょうど母の誕生日もあって、両方のお祝いで家族でレストランで乾杯したんです。あんなに家族の仲が悪いという内容の作品なのに家族でほのぼのと乾杯するなんて、なんて人のいい人たちなんだろうと思いました。みんなニコニコ笑いながら「よかったねー」って(笑)。たぶん読んでないんですよ。兄は読んでいるらしくて、「『マウス』しか人に薦められないなー」って言っていました。「他は性描写が多いからなー」って(笑)。

――家庭が崩壊している新作『タダイマトビラ』をご家族が読んだら、一体どんな反応があるんでしょう...。

村田:父は絶対に読んでいませんね。『タダイマトビラ』を職場の人に配ったんですよ、よりによってあの本を。頼まれてサインしたんですが、「オレも書いてくれって言われた」って、父までサインして渡したらしいんですよ(笑)。それくらいほがらかに見守ってくれている家族なんですが、ほがらかすぎて良心が痛みます。

――(笑)。それにしても、どうして村田さんは、家族のことやセクシャリティーのことなど、ここまでつきつめて書けるのでしょう。

村田:普段ぼーっとしているなかでも、ささくれのようなものがあるのかもしれません。自分はちくっと感じただけですんでいるんですが、書き始めると、主人公にとってはささくれではすまなくて、傷口になってそこからドロドロしたものがあふれてくる感じです。自分のなかには欠片しかないものが、主人公にとってはものすごく大きなものになる。女性の性に関しても、私は初潮を楽しみにしていたくらいなので違和感はないんですが、それでもちくっと嫌な気持ちを感じることがある。それが、書いて手の作業をしているうちに、主人公の身体中で寄生虫のようにぶわーっと膨らんでいく気がします。それをとことん書くのが好きなんだと思います。

――執筆の時はずっとパソコンに向かっているのでしょうか。毎日の生活サイクルは。

村田:朝2時に起きて自宅で小説を書いて8時から午後1時までコンビニでアルバイトをして、それから仕事部屋で仕事をします。仕事部屋は午後とバイトがない日に行くくらい。朝はパソコンに向かって打つ作業をして、バイトの後はノートなどに書く作業をします。自分の手で文章を書く時は変質的になるのか、さらさらとは書けない。それで作業が遅くなってしまうんですが、私は手の作業がないとダメなんです。

――読書の時間は。

村田:仕事部屋にいる時に読むと進みます。ネットにもつないでいないので娯楽が何もない環境なんです。外の自転車置き場のガチャガチャした音が聞こえてくるのがちょうどいい騒音になっています。ちょっとだけ音がしたほうが集中できるといいますか。読むのはやはり同年代の女性の作品になりますね。本屋さんにもよく行きますが、どうしてもそういう本を買ってしまう。影響を受けているのではと言われたことがあってドストエフスキーを買ってあるんですが、まだ最後まで読めていないんです。

――そういえば幼い頃の本やカミュ以外、翻訳小説があまり話に出てきませんね。

村田:あまり得意ではないのかもしれませんが、興味はあるんです。でも文字の感じなどにこだわってしまって、どの翻訳で読めばいいのか分からなくなります。同じ作品をいろんな翻訳で読み比べができるということですから、それは楽しそうだと思うんですが。

――そういえば、好きな場面を大きくコピーして読み返したりしていたということは、ご自身の本でもフォントや字組みにこだわりがあったりしますか。

村田:自分が書いたものがゲラになった状態を見るのがすごく好きです。原稿の時と全然違って見えて、わくわくします。雑誌に掲載される時は2段組みで、単行本の時に1段になって、そのたびに発見があって楽しい。急に粗が見えて直したりもします。やっぱり私は紙の本が好きですね。

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